よ。昔最初の人類は、怪物が過ぎ行くのを恐怖に震えながら眼前に見た、水の上にうなりゆく怪蛇《かいだ》を、火を吐く怪竜《かいりゅう》を、鷲《わし》の翼と虎《とら》の爪《つめ》とをそなえてかける空中の怪物たるグリフォンを。それらは皆人間以上の恐るべき獣であった。しかるに人間は、罠《わな》を、知力の神聖なる罠を張り、ついにそれらの怪物を捕えてしまったのである。
吾人は怪蛇《かいだ》を制御した、それを汽船という。吾人は怪竜《かいりゅう》が制御した、それを機関車という。吾人はまさにグリフォンを制御せんとしている、既に手中に保っている、それを軽気球という。そしてこのプロメテウスのごとき仕事が成就する日こそ、すなわち怪蛇と怪竜とグリフォンとの三つの古代の夢想を、ついにおのれの意志に馴致《じゅんち》し終わる日こそ、人間は水火風三界の主となり、他の生ある万物に対しては、いにしえの神々が昔人間に対して有していたような地位を、獲得するに至るだろう。奮励せよ、そして前進せよ! 諸君、吾人はどこへ行かんとするのであるか。政府を確立する科学へである、唯一の公《おおやけ》の力となる事物必然の力へである、自ら賞罰を有し明白に宣揚する自然の大法へである、日の出にも比すべき真理の曙《あけぼの》へである。吾人は各民衆の協和へ向かって進み、人間の統一へ向かって進む。もはや虚構を許さず、寄食を許さぬ。真実なるものによって支配されたる現実、それが目的である。文化はその審判の廷を、ヨーロッパの頂に、後には全大陸の中心に、知力の大議会のうちに、開くに至るだろう。これにやや似たものは既に行なわれた。古代ギリシャの連邦議員は、年に二回会議を開き、一つは神々の場所たるデルフにおいてし、一つは英雄の場所たるテルモピレにおいてした。やがては、ヨーロッパもこの連邦議員を有し、地球全体もこの連邦議員を有するに至るだろう。フランスは実に、この崇高なる未来を胸裏にいだいている。それが十九世紀の懐妊である。ギリシャによって描かれたその草案は、フランスによって完成されるに恥ずかしくないものである。僕の言を聞け、フイイー、君は勇敢な労働者、民衆の友、諸民衆の友だ。僕は君を尊敬する。君は明らかに未来を洞見《どうけん》した、君のなすところは正しい。君は、フイイー、父もなく母も持たなかった、そして、仁義を母とし権利を父とした。君はここに死なんとしている、すなわち勝利を得んとしてるのだ。諸君、今日の事はいかになりゆこうとも、敗れることによってまた打ち勝つことによって、われわれがなさんとするのは一つの革命である。火災が全市を輝かすように、革命は全人類を輝かす。しかもわれわれはいかなる革命をなさんとするのか。それは今言うとおり真実なるものの革命である。政治的見地よりすれば、ただ一つの原則あるのみだ、すなわち人間が自らおのれの上に有する主権である。この自己に対する自己の主権を自由[#「自由」に傍点]という。この主権の二個もしくは数個が結合するところに国家がはじまる。しかしその結合のうちには何ら権利の減殺はない。個々の主権がその多少の量を譲歩するのは、ただ共同的権利を造らんがためである。その量は各人皆同等である。各人が万人に対してなすこの譲歩の同一を、平等[#「平等」に傍点]と言う。共同的権利とは、各人の権利の上に光り輝く万人の保護にほかならない。各人に対するこの万人の保護を、友愛[#「友愛」に傍点]という。互いに結合するあらゆる主権の交差点を、社会[#「社会」に傍点]という。その交差は一つの接合であって、その交差点は一つの結び目である。かくて社会的関係が生じてくる。ある者はそれを社会的約束という。しかし両者は同一のものである、約束なる語はその語原上より言っても関係という観念で作られたものである。われわれはこの平等ということをよく了解しておかなくてはならない。なぜなれば、自由を頂点とするならば、平等は基底だからである。平等とは諸君、同じ高さの植物を言うのでない、大きな草の葉や小さな樫《かし》の木の仲間を言うのではない。互いに減殺し合う一連の嫉妬《しっと》を言うのではない。それは、民事上よりすれば、あらゆる能力が同等の機会を有することであり、政治上よりすれば、あらゆる投票が同等の重さを有することであり、宗教上よりすれば、あらゆる本心が同等の権利を有することである。平等[#「平等」に傍点]は一つの機関を持つ、すなわち無料の義務教育である。アルファベットに対する権利、まずそこから始めなければならない。小学校を万人に強請し、中学校は万人の意に任せる、それが定法である。同一の学校から同等の社会が生ずる。そうだ、教育の問題である。光明、光明! すべては光明より発し、光明に返る。諸君、十九世紀は偉大である、しかし二十世紀は幸福
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