思えた。そして長くジャン・ヴァルジャンをながめた後、彼が最後に取った態度は顔をそむけることだった。退け[#「退け」に傍点]([#ここから割り注]訳者注 サタンよ退け[#ここで割り注終わり])であった。
あえて実際のところを言うならば、マリユスはジャン・ヴァルジャンにいろいろ尋ねて、ついにジャン・ヴァルジャンをして「あなたは私にすべてを打ち明けてくれと言われる[#「あなたは私にすべてを打ち明けてくれと言われる」に傍点]」と言わしめた程であったが、それでも重要な二、三の疑問は避けたのだった。それらの疑問が頭に浮かばないではなかったが、彼はそれを尋ねることを恐れた。すなわち、ジョンドレットの陋屋《ろうおく》のこと、防寨《ぼうさい》のこと、ジャヴェルのこと。それらの疑問からはいかなる事実が現われてくるか見当がつかなかった。ジャン・ヴァルジャンは自白を躊躇《ちゅうちょ》するような男とは思われなかった。そしてマリユスは、強《し》いて彼の口を開かせた後、また中途で、彼の口をつぐませたくなるかも知れなかった。ある非常な疑念の場合において、一つの問いを発した後、その答えが恐ろしくなって耳をふさごうとするようなことは、だれにでもあるものである。そういう卑怯《ひきょう》な念は、恋をしてる場合にことによく起こってくる。いとうべき事情を極度に聞きただすのは、賢明なことではない。自分の生命と分かつべからざる方面が必ずや関係してくるような場合には、ことにそうである。ジャン・ヴァルジャンが我を捨ててかかった説明からは、いかなる恐ろしい光が出て来るかわからなかったし、その忌むべき光がコゼットの身にまでおよぶかも知れなかった。その天使の額にも、地獄の光が多少残ってるかも知れなかった。電光の飛沫《ひまつ》もなお雷である。人の宿命にも一種の連帯性があるもので、潔白それ自身といえどもなお、他物をも染める反射の痛ましい法則によって罪悪の印が押されてることがある。最も純潔なるものにも、忌むべきものと隣した反映の跡がなお残ってることがある。正当か不当かは別として、とにかくマリユスは恐れをいだいた。彼は既にあまりあるほどのことを聞かされていた。その上深入りすることよりもむしろ心を転ずることを求めていた。彼は我を忘れて、ジャン・ヴァルジャンに対しては目を閉じながら、コゼットを両腕に抱き去った。
その男は闇《やみ》
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