なかった。それは彼が自ら言ったことである。そして彼は今通りすぎようとしていた。彼がいかなる者であったにせよ、その役目はもう終わっていた。今後コゼットのそばで保護者の役目をする者はマリユスとなっていた。コゼットは蒼天《そうてん》のうちに、自分と似寄った者を、恋人を、夫《おっと》を、天国における男性を、見いだしたのである。翼を得姿を変えたコゼットは、空虚な醜い脱殻たるジャン・ヴァルジャンを、地上に残してきたのだった。
かくてマリユスは種々考え回したが、いつも終わりには、ジャン・ヴァルジャンに対する一種の恐怖に落ちていった。おそらくそれは聖なる恐怖であったろう。なぜなら彼は、その男のうちに天意的なもの[#「天意的なもの」に傍点]を感じていたからである。けれどもとにかく、いかに考えてみても、またいかに事情を酌《く》んでやっても、常にこういう結論に落ちゆかざるを得なかった。すなわち、彼は徒刑囚である。換言すれば、社会の最も下の階段よりも更に下にいて、自分の立つべき階段を有しない者である。最下等の人間の次が、徒刑囚である。徒刑囚は言わば生きた人間の仲間にはいる者ではない。徒刑囚は法律から、およそ奪われ得る限りの人間性を皆奪われた者である。マリユスは民主主義者であったが、刑法上の問題については厳格な社会組織の味方であって、法律に問わるる者に対してはまったく法律と同じ精神で臨んでいた。彼もまだあらゆる進歩をしたとは言えなかった。人間によって書かれたものと神によって書かれたものとを、法律と権利とを、彼はまだ区別し得なかった。人力にて廃しまたは回復し得ざるものをも処断するの権利を人が有するか否かを、少しも精査し考察していなかった。刑罰[#「刑罰」に傍点]という語に少しも反感を持っていなかった。成文律を犯した者が永久の罰を被るのは、きわめて至当なことであると考え、文明の方法として、社会的永罰を承認していた。彼は天性善良であり、根本においては内心の進歩をもなし遂げていたので、必ずや将来更に進んだ考えを持つには違いなかったが、現在においてはまだ右のような地点にしかいなかった。
そういう思想状態にあったので、彼にはジャン・ヴァルジャンがいかにも醜いいとうべきものに見えた。それは神に見|棄《す》てられたる男だった。徒刑囚だった。この徒刑囚という一語は、彼にとっては、審判のラッパの響きのように
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