ヴァルジャンは身を震わした。
「コゼット!」とマリユスはつぶやいた。そしてそのまま口をつぐんだ。あたかも彼らふたりは罪人ででもあるかのようだった。
コゼットは光り輝いて、なおふたりをかわるがわる見比べていた。その日の中には、楽園の反映があるかと思われた。
「実際の所をつかまえたのよ。」とコゼットは言った。「フォーシュルヴァンお父様が、良心だの義務を果たすだのとおっしゃってるのを、私は扉《と》の外から聞いたんですもの。それは政治のことでしょう。いやよ。すぐ翌日から政治の話をするなんていけないことよ。」
「そうではないんだよ、コゼット。」とマリユスは答えた。「僕たちは用談をしている。お前の六十万フランをどこに預けたら一番いいか話し合って……。」
「いえ、そんなことではないわ。」とコゼットはそれをさえぎった。「私もはいって行ってよ。私が参ってもいいでしょう。」
彼女は思い切って扉から出て、客間の中にはいってきた。たくさんの襞《ひだ》と大きな袖《そで》のあるまっ白な広い化粧着をつけて、それを首から足先まで引きずっていた。古いゴチックの画面には天使のまとうそういう美しい長衣が黄金色の空に描いてある。
コゼットは大鏡に映して自分の姿を頭から足先までながめ、それから言い難い喜びにあふれて叫んだ。
「むかし王様と女王様とがおられました、というお噺《はなし》のようだわ。私ほんとにうれしいこと!」
そう言って彼女は、マリユスとジャン・ヴァルジャンとに会釈した。
「さあ私は、」と彼女は言った、「あなた方のそばの肱掛《ひじか》け椅子《いす》にすわっていますわ。もう三十分もすれば御飯なのよ。何でも好きなことを話しなさるがいいわ。男の方って話をしずにはいられないものね。私おとなしくしていますわ。」
マリユスは彼女の腕を取って、やさしく言った。
「僕たちは用談をしているのだからね。」
「あそうそう、」とコゼットはそれに答えて言った、「私窓をあけたら、庭にたくさんピエロ([#ここから割り注]訳者注 雀の俗称[#ここで割り注終わり])がきていましたわ。小鳥の方のよ、仮装のではないのよ。今日は灰の水曜日([#ここから割り注]四旬節第一日[#ここで割り注終わり])でしょう。でも小鳥には大斎日もないのね。」
「僕たちは用談をしているんだから、ねえ、コゼット、ちょっと向こうへ行ってておくれ。数字の
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