となり、晩の挨拶も偽りとなり、その虚偽の上に眠り、その虚偽をパンと共に食い、しかもコゼットと顔を合わせ、天使のほほえみに地獄の者のほほえみで答え、忌むべき瞞着者《まんちゃくしゃ》となるわけです。幸福になるにはどうしたらいいでしょうか。ああこの私が幸福になるには! そもそも私に幸福になる権利があるのでしょうか。私は人生の外にいる者です。」
ジャン・ヴァルジャンは言葉を切った。マリユスは耳を傾けていた。かかる一連の思想と苦悶《くもん》との声は決して中断するものではない。ジャン・ヴァルジャンは再び声を低めたが、こんどはもう単に鈍い声ではなくて凄惨《せいさん》な声だった。
「なぜそんなことを言うのかとあなたは尋ねなさる。告発されても捜索されても追跡されてもいないではないかと、あなたは言われる。ところが事実私は告発されてるのです。捜索され、追跡されてるのです。だれからかと言えば、私自身からです。私の行く手をさえぎる者は私自身です。私は自分を引きつれ、自分を突き出し、自分を捕縛し、自分を処刑しています。人は自分自身を捕える時ほど、しかと捕えることはないものです。」
そして彼は自分の上衣をぐっとつかんで、それをマリユスの方へ引っ張った。
「この拳《こぶし》をごらん下さい。」と彼は言い続けた。「この拳は襟《えり》をつかんでどうしても放さないようには見えませんか。ところでこれと同じも一つの拳があります。すなわち良心です。人は幸福でありたいと欲するならば、決して義務ということを了解してはいけません。なぜなら、一度義務を了解すると、義務はもう一歩も曲げないからです。あたかも了解したために罰を受けるがようにも見えます。しかし実はそうではありません。かえって報われるものです。なぜなら、義務は人を地獄の中につき入れますが、そこで人は自分のそばに神を感ずるからです。人は自分の内臓《はらわた》を引き裂くと、自分自身に対して心を安んじ得るものです。」
そして更に痛切な音調で、彼は言い添えた。
「ポンメルシーさん、これは常識をはずれたことかも知れませんが、しかし私は正直な男です。私はあなたの目には低く堕《お》ちながら、自分の目には高く上るのです。前にも一度そういうことがありましたが、こんどほど苦しいものではありませんでした。何でもないことでした。そう、私はひとりの正直な男です。しかし私の誤ったや
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