実に異常な争闘であった。ある時は足がすべり、ある時は足下の地面がくずれた。善へ進まんとあせる本心が、彼をつかみ彼を圧倒したことも、幾度であったろう。一歩も譲らない真理が、彼の胸を膝《ひざ》の下に押さえつけたことも、幾度であったろう。彼が光明から投げ倒されてその宥恕《ゆうじょ》を願ったことも、幾度であったろう。彼のうちにまた彼の上に司教からともされた仮借なき光明が、盲目ならんと欲する彼を強《し》いて眩惑《げんわく》さしたことも、幾度であったろう。巖《いわお》に身をささえ、詭弁《きべん》によりかかり、塵にまみれ、あるいは本心を自分の下に打ち倒し、あるいは本心から打ち倒されながら、争闘のうちに彼が立ち直ったことも、幾度であったろう。曖昧《あいまい》な理屈を立てた後、利己心の一見道理あるらしい狡猾《こうかつ》な論法を用いた後、憤った本心から「奸佞《かんねい》の徒、みじめなる奴、」と耳に叫ばれるのを彼が聞いたのも、幾度であったろう。頑迷《がんめい》なる彼の思想が、瞭然《りょうぜん》たる義務の下に痙攣的《けいれんてき》なうめきを発したのも、幾度であったろう。神に対する抗争。暗い汗。多くの秘密な傷、彼ひとりだけが感ずる多くの出血。彼の痛ましい生が受くる多くの擦《す》り傷。血にまみれ、傷におおわれ、身を砕かれ、光に照らされ、心に絶望の念をいだき、魂に清朗の気をたたえて、彼がまた起き上がったのも、幾度であったろう。敗者でありながら彼は勝者のように感じていた。そして彼の本心は、彼を挫《くじ》き苦しめ打ち折った後、恐ろしい煌々《こうこう》たる落ち着いた姿をして彼の上につっ立ち、彼に言った、「今は平和に歩くがいい!」
 しかし、かく陰惨な争闘から出てきた後では、それもいかに悲しい平和であったことか!
 けれどもその晩ジャン・ヴァルジャンは、最後の戦いをしてるような心地になった。
 痛切な一つの問題が現われていた。
 定められた運命はまっすぐなものではない。それは当の人間の前にまっすぐな大道となって開けゆくものではない。行き止まりもあり、袋庭もあり、まっくらな曲がり角《かど》もあり、多くの道が交錯してる不安な四《よ》つ辻《つじ》もある。ジャン・ヴァルジャンは今、それらの四つ辻のうち最も危険なものに立ち止まっていた。
 彼は善と悪との最後の交差点に到達していた。その暗黒な接合点を眼前に見てい
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