トの足はごく小さいので今でもまだはけそうな丈夫な粗末な子供靴《こどもぐつ》、次にごく厚い綾織《あやお》りの下着、次にメリヤスの裳衣、次にポケットのついてる胸掛け、それから毛糸の靴足袋《くつたび》。その靴足袋には、小さな脛《はぎ》の形がまだかわいく残っていて、ほとんどジャン・ヴァルジャンの掌《たなごころ》の長さほどしかなかった。それらのものは皆黒い色だった。彼女のためにそれらの衣裳をモンフェルメイュまで持ってってやったのは彼だった。今彼はそれらを鞄から取り出しては、一々寝床の上に並べた。彼は考え込んでいた。昔のことを思い起こしていた。冬で、ごく寒い十二月のことだった。彼女はぼろを着て半ば裸のまま震えていた。そのあわれな小さな足は木靴をはいてまっかになっていた。彼ジャン・ヴァルジャンは、それらの破れ物を脱がせて、この喪服をつけさしてやった。彼女の母も、彼女が自分のために喪服をつけるのを見、ことに相当な服装をして暖かにしてるのを見ては、墓の中できっと喜んだに違いなかった。また彼はモンフェルメイュの森のことを思い出していた。コゼットと彼とはふたりいっしょにその森を通っていった。天気のこと、葉の落ちた樹木のこと、小鳥のいない木立ちのこと、太陽の見えない空のこと、それでもなお楽しかったこと、などが皆思い出された。そして今彼はそれらの小さな衣類を寝床の上に並べ、襟巻《えりま》きを裳衣のそばに置き、靴足袋《くつたび》を靴のそばに置き、下着を長衣のそばに置き、それらを一つ一つながめた。あの時彼女はまだごく小さかった。大きな人形を腕に抱き、ルイ金貨をこの胸掛けのポケットに入れ、そして笑っていた。ふたりは手を取り合って歩いた。彼女が頼りとする者は、世にただ彼ひとりだった。
 そこまで考えた時、ジャン・ヴァルジャンの敬すべき白髪の頭は寝床の上にたれ、その堅忍な老いた心は張り裂け、その顔はコゼットの衣裳の中に埋ってしまった。もしその時階段を通る者があったら、激しいすすり泣きの声が耳に聞こえたであろう。

     四 きわみなき苦悶《くもん》

 われわれが既にその多くの局面をながめてきた古い恐るべき争闘が、再び始まった。
 ヤコブが天使と争ったのはただ一夜だけであった。しかるに痛ましくも、ジャン・ヴァルジャンが暗黒の中で自分の本心とつかみ合って猛烈に争うのを、幾度吾人は見たことであろう!

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