像していただきたい[#ここで割り注終わり])
「なあ、おい。」
「なによ、お父《とう》さん。」
「あの爺さんが見えるか。」
「どの爺さん?」
「向こうの、婚礼馬車の一番先のに乗ってる、こちら側のさ。」
「黒い布で腕をつってる方の。」
「そうだ。」
「それがどうしたの。」
「どうも確かに見覚えがある。」
「そう。」
「この首を賭《か》けてもいい、この命を賭けてもいい、俺《おれ》は確かにあのパンタン人([#ここから割り注]パリー人[#ここで割り注終わり])を知ってる。」
「なるほど今日は、パリーはパンタンだね。」([#ここから割り注]訳者注 パンタンとは小さな操り人形のことにて仮面道化をさすのであるが、また下層の俗語ではパリーのことをパンタンという[#ここで割り注終わり])
「少しかがんだらお前に花嫁が見えやしないか。」
「見えない。」
「花婿の方は?」
「あの馬車には花婿はいないよ。」
「なあに!」
「いないよ、もひとりの爺《じい》さんが花婿なら知らないが。」
「とにかくよくかがんで花嫁を見てくれ。」
「見えやしないよ。」
「じゃいいさ。だが手をどうかしてるあの爺さんを、俺は確かに知ってる。」
「爺さんを知ってるったって、それがなにになるんだね。」
「それはわからねえ。だが時には何かになるさ。」
「あたしは爺《じい》さんなんかあまり気には止めないよ。」
「俺はあいつを知ってる!」
「勝手に知るがいいよ。」
「どうして婚礼の中に出てきたのかな。」
「よけいなことだよ。」
「あの婚礼はどこから出たのかな。」
「あたしが知るもんかね。」
「まあ聞けよ。」
「なに?」
「ちょっと頼まれてくれ。」
「なにを?」
「馬車からおりてあの婚礼の跡をつけるんだ。」
「どうして?」
「どこへ行くのか、そしてどういう婚礼か、少し知りてえんだ。急いでおりて駆けていけ、お前は若いから。」
「この馬車を離れることはできないよ。」
「なぜだ。」
「雇われているんだからさ。」
「畜生!」
「はすっぱ娘になって警視庁から一日分の給金をもらってるじゃないかね。」
「なるほど。」
「もし馬車から離れて、警視に見つかろうもんなら、すぐにつかまってしまう。よく知ってるくせに。」
「うん、知ってるよ。」
「今日は、あたしはお上《かみ》から買われた身だよ。」
「それはそうだが、どうもあの爺《じい》さんが気になる。
前へ
次へ
全309ページ中209ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング