運搬人であろうとは、門番は夢にも思いつかなかった。しかしどことなく見覚えがあるように思った。フォーシュルヴァン氏がコゼットと共にやってきた時、門番はそっと女房にささやかざるを得なかった。「何だかあの人は前に見たことがあるようにいつも思われてならないがね、どうも変だ。」
フォーシュルヴァン氏はマリユスの室《へや》の中で、わきによけるように扉《とびら》のそばに立っていた。彼は小わきに、紙にくるんだ八折本らしい包みを抱えていた。包み紙は緑がかった色で、黴《かび》がはえてるようだった。
「あの人はいつもああして書物を抱えていなさるのかしら。」と書物ぎらいなジルノルマン嬢は、低い声でニコレットに尋ねた。
「そう、あの人は学者だ。」とその声を耳にしたジルノルマン氏は同じ小声で答えた。「だがそんなことはかまわんじゃないか。わしが知ってるブーラールという人もやはり、いつも書物を持って歩いていて、ちょうどあのように古本を胸に抱いていた。」
そしてお辞儀をしながら、彼は高い声で言った。
「トランシュルヴァンさん……。」
ジルノルマン老人は他意あってそんなふうに呼んだのではなかった。人の名前にとんちゃくしないのは、彼にとっては一つの貴族的な癖だった。
「トランシュルヴァンさん、わたしは、孫のマリユス・ポンメルシー男爵のために御令嬢に結婚を申し込みますのを、光栄と存じます。」
「トランシュルヴァン氏」は頭を下げた。
「これできまった。」と祖父は言った。
そしてマリユスとコゼットとの方を向き、祝福するように両腕をひろげて叫んだ。
「互いに愛し合うことを許す。」
彼らは二度とその言葉を繰り返させなかった。言われるが早いかすぐに楽しく話し出した。マリユスは長椅子《ながいす》の上に肱《ひじ》をついて身を起こし、コゼットはそのそばに立って、互いに声低く語り合った。コゼットはささやいた。「ああうれしいこと、またお目にかかれたのね。ねえ、あなた、あなた! 戦争においでなすったのね。なぜなの。恐ろしいことだわ。四月《よつき》の間私は生きてる気はしなかったわ。戦争に行くなんて、ほんに意地悪ね。私あなたに何をして? でも許して上げてよ。これからもうそんなことをしてはいけないわ。さっき、私たちに来るようにって使いがきた時、私はまたもう死ぬのかと思ったの。でもうれしいことだったのね。私は悲しくて悲しくて
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