とあり
ジャン・ヴァルジャンは[#「ジャン・ヴァルジャンは」は底本では「ジャンヴァルジャンは」]再び進み出した。
けれども、崩壊孔の中に生命は落としてこなかったとするも、力はそこに落としてきたがようだった。極度の努力に彼は疲憊《ひはい》しつくしていた。今は身体に力がなくて、三、四歩進んでは息をつき、壁によりかかって休んだ。ある時は、マリユスの位置を変えるために段の所にすわらなければならなかった。そしてもう動けないかと思った。しかしたとい力はなくなっていたとするも、元気は消えうせていなかった。彼はまた立ち上がった。
彼はほとんど足早に絶望的に歩き出して、頭も上げず、息もろくにつかないで、百歩ばかり進んだ。すると突然壁にぶつかった。下水道の曲がり角《かど》に達し、頭を下げて歩いていたので、その壁に行き当たったのである。目を上げてみると、隧道《すいどう》の[#「隧道《すいどう》の」は底本では「隊道《すいどう》の」]先端に、前方の遠いごくはるかな彼方《かなた》に、一つの光が見えた。今度は前のように恐ろしい光ではなかった。それは楽しい白い光だった。日の光であった。
ジャン・ヴァルジャンは出口を認めたのである。
永劫《えいごう》の罰を被って焦熱地獄の中にありながら突然出口を認めた魂にして始めて、その時ジャン・ヴァルジャンが感じた心地を知り得るだろう。その魂は、焼け残りの翼をひろげて、光り輝く出口の方へ、狂気のごとく飛んでゆくに違いない。ジャン・ヴァルジャンはもう疲労を感じなかった。もうマリユスの重みをも感じなかった。足は再び鋼鉄のように丈夫になって、歩くというよりもむしろ走っていった。近づくにしたがって、出口はますますはっきり見えてきた。それは穹窿形《きゅうりゅうけい》の迫持《せりもち》で、しだいに低くなってる隧道の丸天井よりも更に低く、丸天井が下がるにしたがってしだいに狭《せば》まってる隧道よりも更に狭かった。隧道は漏斗《ろうと》の内部のようになっていた。かくしだいにつぼんでる不都合な形は、重罪監獄の側門を模したもので、監獄では理に合っているが、下水道では理に合わないので、その後改造されてしまった。
ジャン・ヴァルジャンはその出口に達した。
そこで彼は立ち止まった。
まさしく出口ではあったが、出ることはできなかった。
丸い門は丈夫な鉄格子《てつごうし》で閉
前へ
次へ
全309ページ中134ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング