《ゆか》やテーブルの上に散らかってる火薬を集め、弾丸を鋳、弾薬をこしらえ、綿撒糸《めんざんし》を裂き、落ち散った武器を分配し、角面堡の内部を清め、破片を拾いのけ、死体を運んだ。
 死体はなお手中にあるモンデトゥール小路のうちに積み重ねられた。そこの舗石はその後長い間まっかになっていた。戦死者のうちには、四人の郊外国民兵があった。アンジョーラは彼らの軍服をわきに取って置かした。
 アンジョーラは二時間の睡眠を一同に勧めた。彼の勧告は命令に等しかった。けれどもその命に応じて眠った者は、わずか三、四人に過ぎなかった。フイイーはその二時間のすきを利用して、居酒屋と向かい合った壁の上に次のような銘を刻み込んだ。
 民衆万歳[#「民衆万歳」に傍点]!
 その四文字は、素石の中に釘《くぎ》で彫りつけたものであって、一八四八年にもなお壁の上に明らかに残っていた。
 三人の女どもは、その夜間の猶予の間にまったく姿を隠してしまった。ために暴徒らはいっそう自由な気持ちになることができた。
 彼女らはとやかくして、どこか近くの人家に投げ込んだのだった。
 負傷者らの大部分は、なお戦うことができ、またそれを欲していた。野戦病院となった料理場の蒲団《ふとん》や藁蓆《わらむしろ》の上には、五人の重傷者がいたが、そのうちふたりは市民兵だった。市民兵は第一に手当を受けたのである。
 下の広間のうちにはもはや、喪布をかけられてるマブーフと柱に縛られてるジャヴェルとのほかだれもいなかった。
「ここは死人の室《へや》だ。」とアンジョーラは言った。
 室の内部、一本の蝋燭《ろうそく》がかすかに照らしてる奥の方に、死人のテーブルが横棒のようになってその前に柱が立っていたので、立ってるジャヴェルと横たわってるマブーフとは、ちょうど大きな十字架のようになって漠然《ばくぜん》と見えていた。
 乗り合い馬車の轅《ながえ》は、一斉射撃《いっせいしゃげき》のために先を折られたが、なお旗を立て得るくらいは立ったまま残っていた。
 首領の性格をそなえていて口にするところを必ず実行するアンジョーラは、戦死した老人の血にまみれ穴のあいてる上衣を轅の棒に結びつけた。
 食事はいっさいできなかった。パンも肉もなかった。防寨《ぼうさい》の五十人の男は、やってきてからその時まで十六時間のうちに、居酒屋にあったわずかな食物をすぐに食いつく
前へ 次へ
全309ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング