の両角の間に獅子《しし》の記章をつけ、ブールボン公は兜の目庇《まびさし》に大きな百合《ゆり》の記章をつけていた。しかし雄壮たらんがためには、イヴォンのごとく公爵の兜をかぶるの要はなく、エスプランディアンのごとく[#「ごとく」は底本では「ごく」]生ける炎を手に握るの要はなく、ポリダマスの父フィレスのごとく人間の王エウフェテスから贈られたる美しい甲冑《かっちゅう》をエフィレより持ち帰るの要はない。ただ一つの確信もしくは一つの忠誠のために身をささぐれば足りる。昨日まではボースやリムーザンの農夫であり、今日はリュクサンブールの園のかわいい子供らのまわりに短い剣を腰に下げてぶらついてる、あの素朴なる可憐な兵士、解剖体の一片や一冊の書物の上に背をかがめ、あるいは鋏《はさみ》で髯《ひげ》をつんでいる、あの金髪《きんぱつ》蒼顔《そうがん》なる若い学生、彼ら両者をとらえて、義務の息吹《いぶき》を少し吹き込み、ブーシュラー四つ辻《つじ》やプランシュ・ミブレー袋町で向かい合って立たしめ、そして一方は軍旗のために戦い、一方は理想のために戦い、両者共に祖国のために戦ってるのだと想わしむるならば、その争闘は巨大なものとなるであろう。かくて、人類がもがいてる叙事詩的な大野において、相争う一介の兵士と一介の学生とが投ずる影は、猛虎《もうこ》に満ちたリシアの王メガルヨンと諸神に等しい偉大なるアジァクスとが、相格闘しながら投ずる影に、匹敵することができるであろう。
二十二 接戦
生き残ってる首領としてはただ防寨《ぼうさい》の両端に立ってるアンジョーラとマリユスとの二人のみになった時、クールフェーラックとジョリーとボシュエとフイイーとコンブフェールとが長くささえていた中央部は、彼らの戦死とともに撓《たわ》んできた。大砲は都合よい裂け目を作ることはできなかったけれども、角面堡《かくめんほう》の中央を三日月形にかなり広く破壊した。その障壁の頂は砲弾の下に飛び散って崩れた。そしてあるいは内部にあるいは外部に落ち散った破片は、しだいに積もりながら、障壁の両側に、内部と外部とに、二つの斜面をこしらえてしまった。外部の斜面は突入に便利な傾斜を与えた。
力をきわめた襲撃がその点に向かって試みられた。それは成功した。一面に銃剣を逆立て襲歩で進んできた集団は、不可抗な力をもって寄せてき、襲撃縦隊の密集し
前へ
次へ
全309ページ中80ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング