#「あれ」に傍点]とはいったいだれであるか? 不分明なるだけになお更気味の悪い言葉である。
郭外においていわゆる「重立った首領」と言われていた人々は、普通の者と別になっていた。会議をする時には、サン・テュスターシュ崎の近くにある居酒屋に集まるのだと、一般に思われていた。モンデトゥール街にある裁縫工救済会の幹部たるオー……とかいう男が、その首領らとサン・タントアーヌ郭外との間の仲介者の中心になってると言われていた。それにもかかわらず、首領らの上にはいつも深い影がたれていて、何ら確かな事実はわからなかった。その後高等法院で一被告がなした妙に傲然《ごうぜん》たる次の答弁をへこますような証拠さえ、一つも上がらなかった。
「お前の首領はだれだったか。」
「首領の名前はいっこう知りませんでした[#「首領の名前はいっこう知りませんでした」に傍点]、顔も覚えてやしませんでした[#「顔も覚えてやしませんでした」に傍点]。」
それらのことはまだ、およそ推察はつくがしかし漠然《ばくぜん》たる言葉にすぎなかった。時とすると、風貌や噂《うわさ》や又聞きにすぎなかった。ところが他の兆候が現われてきた。
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