はしない。
 その上、たとい利己心に対してさえ人は正当であらなければならない。一八三〇年の動揺の後に、中流民と称せらるる一部分の国民が切望していた状態は、無関心と怠惰とを交じえ多少不名誉を含む無為の状態ではなかった。夢に近い一時の忘却を思わする微睡ではなかった。それは実に停止だったのである。
 停止とは、不思議なほとんど矛盾せる二重の意味から成ってる言葉である、進軍すなわち運動と、駐軍すなわち休息と、二重の意味から。
 停止とは、力の回復である。武装し目ざめた休息である。歩哨《ほしょう》を出し警戒を怠らないでき上がった事実である。それは昨日の戦いと明日の戦いとを前提とする。
 それは、一八三〇年と一八四八年と(七月革命と二月革命と)の中間の時期である。
 ここに吾人が戦いと言うところのものは、また進歩と呼んでもさしつかえない。
 ゆえに中流民にとっては、為政家にとってと同じく、この「停止」という言葉を発する者がひとり必要であった。「だけどまあ」のひとりが、革命を意味するとともに安定を意味する混合式のひとりが、換言すれば、明瞭に過去と未来とを両立させることによって現在を固むるひとりが。

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