ヲた。「お前だって小僧だ。」
 ジャン・ヴァルジャンは内隠しの中を探って、五フラン貨幣を一つ取り出した。
 しかし鶺鴒《せきれい》のようですぐ種々なことをやるガヴローシュは、もう石を一つ拾っていた。彼は街灯に心を向けていた。
「こら、」と彼は言った、「まだここに街灯をつけてるのか。規則違犯だぞ。秩序|紊乱《びんらん》だぞ。そんなものこわしてしまえ。」
 そして彼は街灯に石を投げつけた。ガラスは大きな音を立てて地に落ちた。すると向かいの家の窓掛けの下に潜んでいた二、三の市民は叫んだ。「また九三年([#ここから割り注]一七九三年[#ここで割り注終わり])がやってきた!」
 街灯は激しく揺らめいて消えてしまった。街路はにわかに暗くなった。
「これでいい。」とガヴローシュは言った。「老耄《おいぼ》れた街路も夜の帽子をかぶるがいい。」
 そして彼はジャン・ヴァルジャンの方へ向いた。
「向こうの端に立ってるあの大きな家は何というんだい。古文庫館じゃねえのか。あの太い柱を少し打ちこわして、防寨《ぼうさい》を作るといいなあ。」
 ジャン・ヴァルジャンはガヴローシュに近寄った。
「かわいそうに、」と彼は独語するように半ば口の中で言った、「腹がすいてるんだな。」
 そして彼は少年の手に五フラン貨幣を握らしてやった。
 ガヴローシュはそのりっぱな大きな貨幣にびっくりして顔を上げた。やみの中にそれをすかしながめ、白く光ってるのに眩惑《げんわく》された。五フラン貨幣のことは噂《うわさ》に聞いて知っていて、評判だけでも悪い気持ちはしなかった。しかるに今やその一つを間近に見て、心を奪われてしまった。「虎《とら》の奴《やつ》を見てみるかな、」と彼は言った。
 彼は夢中になってしばらくそれをうちながめた。それからジャン・ヴァルジャンの方へ向いて、貨幣を差し出しながらおごそかに言った。
「俺《おれ》はな、街灯をこわす方が好きだ。この恐ろしい獣は返してやる。俺を買収しようたってだめだ。虎には五本の爪《つめ》があっても、俺を引っかくことはできねえんだ。」
「お前さんは母親を持ってるだろう。」とジャン・ヴァルジャンは尋ねた。
 ガヴローシュは答えた。
「そうさね、お前よりかかもね。」
「では、」とジャン・ヴァルジャンは言った、「この金を母親に持っていってやるがいい。」
 ガヴローシュの心は動いた。その上彼は、向こうが帽子をかぶっていないのを見て、安心の念を起こした。
「なるほど、」と彼は言った、「では街灯をこわさせないためでもねえんだな。」
「何でもこわすがいいよ。」
「お前はりっぱな男だ。」とガヴローシュは言った。
 そして彼は五フラン貨幣をポケットに入れた。
 彼はますます安心して言い出した。
「お前はこの街路の人かい。」
「そうだよ。なぜ?」
「七番地ってのはどこだか教えてくれないか。」
「七番地に何の用があるのかね。」
 そこで少年は口をつぐんだ。あまり言いすぎはしなかったかと恐れた。彼は頭を爪《つめ》の先でがりがりかいて、ただこう答えた。
「ああここか。」
 ある考えがジャン・ヴァルジャンの頭に浮かんだ。心痛にもそういう明察がある。彼は少年に言った。
「お前さんは、私が待ってる手紙を持ってきたのではないのか。」
「お前が?」とガヴローシュは言った。「お前は女じゃねえや。」
「手紙はコゼット嬢へというのではないのか。」
「コゼット?」とガヴローシュはつぶやいた。「うむ、何でもそんな名だった。」
「では、」とジャン・ヴァルジャンは言った、「私がその手紙を届ける役目だ。私にくれ。」
「それじゃ、俺《おれ》が防寨《ぼうさい》からきたことをお前は知ってるわけだな。」
「知ってるとも。」とジャン・ヴァルジャンは言った。
 ガヴローシュは貨幣を入れたのと別なポケットに手を差し込み、四つに折った紙を引き出した。
 それから彼は挙手の礼をした。
「大事な使いだ。」と彼は言った。「仮政府からきた使いだ。」
「渡してくれ。」とジャン・ヴァルジャンは言った。
 ガヴローシュは頭の上に紙をささげた。
「恋文だと思っちゃいけねえ。あて名は女だが、実は人民へあてたものだ。俺《おれ》たち男どもは戦いをしてるが、婦人は尊敬する。女を食い物にする獅子《しし》のような奴《やつ》がいる上流とはわけが違うんだ。」
「渡してくれ。」
「つまり、」とガヴローシュは言い続けた、「お前はりっぱな男だと俺は思うんだ。」
「早く渡せ。」
「さあ。」
 そして彼はジャン・ヴァルジャンに紙を渡した。
「急ぐんだぜ、爺さん、嬢さんが待ってるからな。」
 ガヴローシュはかく爺《じい》さん嬢さんと語呂《ごろ》を重ねたのに自ら満足した。
 ジャン・ヴァルジャンは言った。
「返事はサン・メーリーへ届けるのかね。」
「そんなこ
前へ 次へ
全181ページ中177ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング