スかと思うまに、息を切らしてるガヴローシュが防寨《ぼうさい》の中に飛び込んできて、言った。
「銃をくれ! やってきたぞ。」
 防寨の中は電気が流れたかのように振るい立って、銃を手にする音が聞こえた。
「僕の銃をやろうか。」とアンジョーラは浮浪少年に言った。「いや大きいやつがいい。」と彼は答えた。
 そして彼はジャヴェルの銃を取った。
 ふたりの哨兵《しょうへい》も退いて、ほとんどガヴローシュと同時に戻ってきた。それは街路の先端の哨兵とプティート・トリュアンドリーの見張り兵とであった。プレーシュール小路の見張り兵はその場所に止まっていた。それでみると、橋や市場町の方には敵が寄せてこないらしかった。
 赤旗の上に投じてる光の反映で、舗石《しきいし》が少しほのかに見えてるシャンヴルリー街は、靄《もや》の中にぼんやり開いている黒い大きな玄関のように、暴徒らの目にはうつった。
 彼らはそれぞれ自分の戦闘位置についた。
 アンジョーラ、コンブフェール、クールフェーラック、ボシュエ、ジョリー、バオレル、ガヴローシュ、その他すべてで四十三人の同志は、大きい方の防寨《ぼうさい》の中にひざまずき、砦《とりで》の頂とすれすれに頭を出し、銃眼のようにして舗石の上に銃身を定め、注意をこらし、口をつぐんで、すぐにも発射せんと待ち構えていた。六人の男はフイイーに指揮されて、銃を構え、コラント亭の三階の窓に陣取っていた。
 数分間過ぎ去った。それから、歩調をそろえた重々しい大勢の足音が、サン・ルーの方面にはっきり聞こえ出した。その足音は初めはかすかで、次にはっきりとなり、やがて重々しく響き渡るようになって、止まりもせずとだえもせず、静かに恐ろしくうち続いて、徐々に近づいてきた。聞こえるものはただそれだけだった。あたかも将帥の銅像が歩いてくるような沈黙と響きとだけだった。しかしその石のような足音には、ある巨大さと多数さとがこもっていて、一個の怪物だとも思われるとともに、一隊の群集だとも思われた。あたかも恐るべき一連隊の銅像が行進してるようだった。その足音はしだいに近づいてき、ますます近寄ってき、それから立ち止まった。街路の先端に多くの人の息が聞こえるようだった。けれども何も見えず、ただ、その奥に、濃い闇《やみ》の中に、ほとんど目につき難い細い針のような金属の光が無数に見えてるきりだった。その光は騒然と入り乱れて、あたかも人がまさに眠りに入らんとする時、閉じた眼瞼《まぶた》の下の靄の中に認める、名状し難い一種の燐光の網の目にも似ていた。それは炬火《たいまつ》の遠い反映に光ってる銃剣や銃身であった。
 なお少しの猶予があった。両方とも待ってるがようだった。と突然、その闇《やみ》の奥から、一つの声が叫んだ。それを発した人の姿が見えないだけにいっそうすごい声で、暗黒自身が口をきいたのかと思われた。
「何の味方か?」
 と同時に、銃をおろす音が聞こえた。
 アンジョーラは鳴り響く傲然《ごうぜん》たる調子で答えた。
「フランス革命。」
「打て!」と声は言った。
 一閃《いっせん》の光が、街路の人家の正面をぱっと赤く染めた。あたかも溶鉱炉の口が突然開いてまた閉じたかのようだった。
 恐るべき爆鳴が防寨《ぼうさい》の上に落ちかかった。赤旗は倒れた。そのいっせい射撃はきわめて猛烈で稠密《ちゅうみつ》であって、赤旗の竿《さお》、すなわち乗り合い馬車の轅《ながえ》の先を、打ち折ってしまったのである。また人家の軒にはね返った弾丸は、防寨の中に流れてきて数名の者を傷つけた。
 その第一のいっせい射撃は、まったく人の心胆を寒からしむるものだった。攻撃力は激烈で、最も大胆な者らをも再考せしむるほどだった。向こうは少なくとも一個連隊くらいはいそうだった。
「諸君、」とクールフェーラックは叫んだ、「火薬をむだにするな。敵がこの街路にはいって来るのを待って応戦するんだ。」
「そして何よりも、」とアンジョーラは言った、「軍旗をも一度立てることだ。」
 彼はちょうど自分の足下に落ちた赤旗を拾い上げた。
 外には、銃の中に入れる※[#「木+朔」、第3水準1−85−94]杖《さくじょう》の音が聞こえていた。軍隊は再び銃に弾をこめていたのである。
 アンジョーラはまた言った。
「勇気のある者はいないか。防寨《ぼうさい》の上に軍旗を立てて来る者はいないか。」
 答えはなかった。まさしく敵が再び銃を構えてる瞬間に防寨の上に上がることは、単に死を意味するのみだった。最も勇敢な者も自ら死地につくことは躊躇《ちゅうちょ》せざるを得ない。アンジョーラ自身も戦慄《せんりつ》した。彼は繰り返した。
「だれも出ないか。」

     二 軍旗――第二|齣《せつ》

 一同がコラント亭に到着して、防寨を作りはじめた時、マブー
前へ 次へ
全181ページ中163ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング