轤ネい所にある。ゆえに譲歩はすべて不可である。人間に関する侵害はすべて廃さなければならない。ルイ十六世のうちにはいわゆる神聖なる権利があり、ルイ・フィリップのうちにはブールボン家なるがゆえに[#「ブールボン家なるがゆえに」に傍点]が([#ここから割り注]家がらの特権が[#ここで割り注終わり])ある。両者は共にある程度まで、権利の簒奪《さんだつ》を代表している。そしてあらゆる簒奪を掃蕩《そうとう》せんがためには、彼らをも打ち倒さなければならない。フランスは常に先頭に立つものであるから、それが必要である。フランスにおいて主君が倒れる時には、至る所において、それが倒れるであろう。要するに、社会的真理を打ち立て、玉座を自由の手に還《かえ》し、民衆を本来の民衆たらしめ、大権を人間に戻し、緋衣《ひい》を再びフランスの頭にきせ、道理と公正とをその円満なる状態に返し、各人を本来の地位に復せしめながらあらゆる頡頏《けっこう》の萌芽《ほうが》を根絶し、世界の広大なる一致に王位がもたらす障害を除き、人類を正当なる権利の水準に引き戻すこと、これ以上に正しい主旨があろうか、また従って、これ以上に偉大な戦いがあろうか。かかる戦いは平和を確立するところのものである。偏見、特権、憶説、虚偽、強請、濫用《らんよう》、暴行、不正、暗黒、などの巨大な城砦《じょうさい》は、なおその憎悪の塔を聳《そび》やかして社会の上に立っている。それを打ち倒さなければならない。その奇怪なる塊《かたま》りを破壊しなければならない。アウステルリッツにて勝利を得るのは偉大なることである、バスティーユの牢獄を占領するのは広大なることである。
だれでも自身に親しく感ずることではあるが、魂こそは、普遍性と統一性とをともに有する驚くべきものであって、最も危急なる極端にあっても、ほとんど冷然と推理し得る不思議な能力を有するものである。そして慟哭《どうこく》せる感情と深い絶望とは、その最も悲痛な独語の苦悩のうちにあってもしばしば、問題を取り扱い論議するものである。論理は痙攣《けいれん》と相交わり、論法の緒《いとぐち》は思想の痛ましい動乱のうちにも切れることなく浮かんでくる。マリユスの精神状態はちょうどそういうところにあった。
かく推理し、圧倒せられ、しかも意を決し、しかもなお躊躇《ちゅうちょ》しながら、一言にして言えば、まさになさんとすることの前に戦慄《せんりつ》しながら、彼は防寨《ぼうさい》の中を見回した。暴徒らは身動きもせずに小声で語り合っており、期待の最後の局面を示す沈黙と騒擾《そうじょう》との中間の気が漂っていた。彼らの上方、四階のある軒窓には、妙に注意を澄ましてるような傍観者とも立ち会い人ともつかない男の姿が見えていた。それはル・カブュクに射殺された門番であった。舗石《しきいし》のうちに囲まれた炬火《たいまつ》の反映で、下からその頭がぼんやり認められた。色を失い、身動きもせず、物に驚いたらしい様子で、頭髪を逆立て、開いた目を見据え、口をぼんやりうち開き、好奇心に駆られたような様子で街路の上にのり出して、炬火《たいまつ》の陰惨なおぼろな光に照らされてるその顔ほど、世に異様なものはなかった。あたかも既に死んだ者がまさに死なんとする人々を見守ってるかのようだった。その頭から流れた長い血のしたたりが、赤い糸のようになって軒窓から二階の所までたれ、そこで止まっていた。
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第十四編 絶望の壮観
一 軍旗――第一|齣《せつ》
まだ何事も起こってこなかった。サン・メーリーの会堂で十時が鳴った。アンジョーラとコンブフェールとは、カラビン銃を手にして、大きい方の防寨《ぼうさい》の切れ目のそばにすわっていた。彼らは一言も口をきかずに、最もかすかな遠い軍隊の行進の音をも聞きもらすまいとして、じっと耳を澄ましていた。
突然、そのすごい静けさの中に、サン・ドゥニ街から来るらしい朗らかな若い快活な声が起こって、「月の光りに[#「月の光りに」に傍点]」の古い俗謡の調子で、鶏の鳴き声のような一語で終わってる次の歌をはっきり歌い始めた。
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顔には涙。
どうだいビュジョー([#ここから割り注]訳者注 フランスの元帥[#ここで割り注終わり])
お前の憲兵|俺《おれ》に貸せ、
奴《やつ》らに一言言ってやる。
青い軍服に、
軍帽の牝鶏《めんどり》、
これぞ郊外、
コ、コケコッコー。
[#ここで字下げ終わり]
ふたりは手を握り合った。
「ガヴローシュだ。」とアンジョーラは言った。
「われわれに合い図をしているんだ。」とコンブフェールは言った。
駆け足の音がひっそりした街路に起こって、軽業師《かるわざし》のように敏捷《びんしょう》な者が乗り合い馬車の上によじ上っ
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