り、どこからともなく出てきてすぐに大勢になる群集が、大道の両側に押し重なってながめていた。付近の小路には、呼びかわす人々の声や見物に駆けつけてゆく野菜作りの木靴《きぐつ》の音などが聞えた。
車の上に積まれた者らは、黙って車の動揺に身を任していた。彼らは朝の冷気にまっさおな顔をしていた。皆麻のズボンをはき、素足のまま木靴をはいていた。その他の服装はまったく悲惨のきわみだった。その衣服は見るもいやなほど乱雑であった。およそ破れさけた道化服ほど無気味なものはない。破れた毛帽、瀝青《チャン》を塗った庇帽《ひさしぼう》、恐ろしいきたない毛織りの頭巾帽《ずきんぼう》、それから短い仕事着や肱《ひじ》のぬけた黒い上衣、多くは婦人用の帽子をかぶり、またある者は籠《かご》をかぶり、毛深い胸が現われており、着物の破れ目からは、恋の殿堂や炎を出してる心臓やキューピッドなどの文身《ほりもの》が見えていた。また発疹《はっしん》や病的な赤い斑点《はんてん》なども見えていた。二、三人の者は、車の横木に繩《なわ》を結わえてそれを鐙《あぶみ》みたいに下にたらし、その上に足を休めていた。ひとりの男は、何か黒い石のようなものを手にして、それを口の所へ持ってゆき、ちょうどかみついてるようだった。パンを食ってるのだった。彼らの目は皆、乾燥し光を失い、あるいは凶悪な光に輝いていた。警護の者らはどなっていた。鎖につながれた者らは深く静まり返っていた。時々、肩や頭を棒でなぐる音が聞こえた。ある者は欠伸《あくび》をしていた。そのぼろは見るも恐ろしかった。両足は下にたれ、肩は震えていた。頭は互いにぶっつかり合い、鉄の刑具は音を立て、瞳《ひとみ》は獰猛《どうもう》な色に燃え、手は痙攣的《けいれんてき》に握りしめられ、あるいは死人のようにだらりと開いていた。行列の後ろには、一群の子供がはやしたてながらついて行った。
その馬車の行列は、とにかく見るも痛ましかった。明日にもなれば、またはもう一時間もすれば、驟雨《しゅうう》が襲うかも知れないし、それからまた続いて何度もやって来るかも知れなかった。そうすれば彼らの破れ裂けた着物には雨が通り、一度身体がぬるればもう再びかわくことはなく、一度凍ゆればもう再びあたたまることはなく、麻のズボンは雨のために足の骨にからみつき、水は木靴《きぐつ》にいっぱいになり、いかに鞭《むち》で打たれても両顎《りょうあご》の震えは止まらず、絶えず首筋は鎖につなぎ止められ、足は絶えずたれ下がっているだろう。そして、かくいっしょに縛られ、秋の冷たい暗雲の下に黙然として、樹木のごとくまた石ころのごとく、雨や風やあらゆる狂暴な嵐《あらし》に身を任している、それらの人間を見ては、慄然《りつぜん》たらざるを得なかった。
七番目の馬車の上に、縛り上げられて身動きもしないで横たわり、悲惨をいっぱいつめこんだ袋のようにそこに投げ出されたかと思える病人らさえ、棒で打たれることを免れなかった。
突然太陽が地平に現われてきた。旭日《あさひ》の広大なる光はほとばしって、それら荒々しい者どもの頭に火をつけたかのようだった。舌の根はゆるみ、冷笑や罵詈《ばり》や歌声までが大火のように爆発した。ま横からさす広い光線は、行列を二つに区分して、頭と胴とを照らし、足と車輪とを影のうちに残した。頭の中の考えは顔つきの上に現われてきた。恐怖すべき瞬間だった。仮面をはずした目に見える悪魔どもであり、赤裸になった獰猛《どうもう》な魂らであった。光に照らされながら、その一群はなお闇《やみ》の中にいた。中に元気な者らは、羽軸を口にくわえて、群集ことに女を選んで、毒舌を吹きかけた。夜明けの光は、彼らの痛むべき横顔に黒い影を添えてきわ立たしていた。ひとりとして悲惨のためにゆがめられていないものはなかった。その恐ろしさは、太陽の輝きをも電光に変えるかと思われるほどだった。先頭に道を開いていた馬車の一群は、当時有名なデゾージエの雑曲ヴェスタの[#「ヴェスタの」に傍点]巫女《みこ》を、粗暴な元気さで大声に調子を取って吟じ出した。並み木は痛ましげに震えていた。側道に集まってる市民らは、白痴のようにぼんやりして、怪物どもの歌う下等な歌を聞いていた。
あらゆる惨状が雑然として行列の中にあった。あらゆる動物の面相があった。老人、青年、禿頭《はげあたま》、半白の髯《ひげ》、皮肉な異様な相貌《そうぼう》、荒々しいあきらめの顔、野蛮な口つき、常規を逸した態度、庇帽《ひさしぼう》をかぶった顔つき、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》の上に縮れ毛のある若い娘の頭らしいもの、子供らしいのでかえって恐ろしい顔つき、ようやく命を保ってるだけの骸骨《がいこつ》のようなやせた顔。また第一の馬車には黒人がひとりいたが、おそらく以
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