すべりおりろ、受け留めてやるから。」
「手がしびれてる。」
「綱を壁に結びつけるだけだ。」
「できねえ。」
「じゃあ俺《おれ》たちがだれか上ってゆかなけりゃならねえ。」とモンパルナスは言った。
「四階の高さだぞ。」とブリュジョンが言った。
 昔板小屋の中でたくストーブの用をなしていた古い石膏《せっこう》の管が壁についていて、テナルディエの姿が見えるあたりまで上っていた。その管は当時既にはなはだしく亀裂《きれつ》や割れ目がはいっていて、その後くずれ落ちてしまったが、今日でもなお跡が見えている。それはごく狭い管だった。
「あれから上れるだろう。」とモンパルナスは言った。
「あの管から?」とバベは叫んだ。「大人《おとな》じゃだめだ、小僧でなけりゃあ。」
「そうだ、子供《がき》でなけりゃあ。」とブリュジョンも言った。
「そんな小僧っ児がめっかるもんか。」とグールメルは言った。
「待て、」とモンパルナスは言った、「いいことがある。」
 彼は静かに板塀《いたべい》の戸を少し開いて、街路にはだれもいないのを見定め、用心してぬけ出し、後ろに戸を引きしめ、バスティーユの方へ駆けて行った。
 七、八分過ぎた。テナルディエにとっては八千世紀がほどにも思われた。バベとブリュジョンとグールメルとは口もきかなかった。がついに戸はまた開かれて、ガヴローシュを連れたモンパルナスが息を切らしながら現われた。雨のために街路にはやはり人影もなかった。
 少年ガヴローシュは囲いの中にはいってき、平気で盗賊らの顔をながめた。水は髪の毛からしたたっていた。グールメルが彼に言葉をかけた。
「小僧、貴様は一人前か。」
 ガヴローシュは肩をそびやかして答えた。
「俺《おれ》のような子供《がき》は一人前だが、お前たちのような大人《おとな》はまだ赤児《ねんねえ》だ。」
「こいつ、よく舌が回りやがる。」とバベは叫んだ。
「パリーの子供《がき》は藁人形《わらにんぎょう》じゃねえ。」とブリュジョンは言葉を添えた。
「何の用なんだい。」とガヴローシュは言った。
 モンパルナスが答えた。
「あの管から上るんだ。」
「この綱を持って。」とバベが言った。
「そしてそれを結びつけるんだ。」とブリュジョンがあとをついだ。
「壁の上にな。」とバベがまた言った。
「あの窓の横木にだ。」とブリュジョンが言い添えた。
「それから?」とガヴローシ
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