つなよ。俺たちといっしょにこい。うまい酒《やつ》を一本いっしょにやろうじゃねえか。」
「仲間が困ってるのをすてちゃおけねえ。」とモンパルナスはつぶやいた。
「なあに、奴《やつ》は確かにつかまったんだ。」とブリュジョンは言った。「今となっちゃあ、宿屋の亭主なんか一文の値打ちもねえ。もう仕方がねえや。さあ行こう。今にもいぬ[#「いぬ」に傍点]にやられそうな気がしてならねえ。」
 モンパルナスももうしいて逆らいはしなかった。事実を言えば、互いに見捨てないという盗賊仲間の義理から、四人の者はテナルディエがどこかの壁の上に出て来るだろうと思って、危険もかまわずに、フォルス監獄のまわりを終夜うろついていたのである。しかし夜はあまり好都合になりすぎてまっくらであり、驟雨《しゅうう》は人も通れないくらいに降りしきり、身体は冷え、着物はずぶぬれになり、靴《くつ》には水がはいり、監獄の中には不安な物音が起こってき、時間はすぎ、巡邏《じゅんら》には出会い、望みはなくなり、恐怖は襲ってきて、ついに退却のやむなきに至った。テナルディエの婿と言ってもまあさしつかえないモンパルナスでさえ、もう思い切った。そして彼らは今や立ち去ろうとした。板筏《いたいかだ》にのってるメデューズ号の難破者らが、遠くに現われてきた船がまた水平線に没し去るのを見るような心地を、テナルディエは壁の上にあえぎながら感じた。
 彼はあえて声をかけるわけにはいかなかった。もし呼び声でも一つ他に聞かれたらそれで万事終わりだった。その時、ある考えが、最後の一策が、一つの光明が、彼に浮かんだ。彼はポケットの中から、新館の煙筒から取ってきたブリュジョンの綱の切れを引き出して、それを板塀《いたべい》の囲いの中に投げおろした。
 その綱は四人の足下に落ちた。
「綱!」とバベは言った。
「俺《おれ》のだ!」とブリュジョンは言った。
「宿屋の亭主に違いねえ。」とモンパルナスは言った。
 彼らは目をあげた。テナルディエは頭を少し差し出した。
「早く!」とモンパルナスは言った、「ブリュジョン、お前は綱のも一方を持ってるか。」
「うむ。」
「いっしょにつぎ合わして、奴《やつ》に投げてやろう。壁にかけたら、おりられるくらいにはなるだろう。」
 テナルディエは危険をかまわず口をきいた。
「俺は凍えてる。」
「あたためてやるよ。」
「もう動けねえ。」

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