までやって来るのに、彼は屋根職人の梯子《はしご》や足場を使ったのであろうか? しかしその道筋のうちにはほとんど越ゆることのできそうもないへだたりがあった。あるいはまた、望楼の屋根からまわりの路地の壁の上へ、寝台の板を橋のように渡して、それから囲壁の屋根の上を腹ばいになり監獄を一周して、その破家まできたものであろうか? しかしフォルス監獄のまわりの路地の壁は、歯車形の不規則な線を描いていて、あるいは上り、あるいは下り、消防夫|屯所《とんしょ》の所では低くなり、湯屋の所では高くなり、種々な建物で中断され、ラモアニョン旅館の上とバヴェー街の上とは高さが異なり、至る所に坂や直角があった。その上逃走者の暗い影は番兵らの目についたはずである。だからこの方面においても、テナルディエの道筋はほとんど説明がつかなかった。で結局二つの方法のうちどちらも、その遁走《とんそう》は不可能であった。けれども自由に対する命がけの渇望は、深淵《しんえん》をも浅い溝《みぞ》となし、鉄の格子《こうし》をも柳の枝の簀子《すのこ》となし、跛者《はしゃ》をも壮者となし、足なえをも鳥となし、愚鈍を本能となし、本能を知力となし、知力を天才となすものであって、その渇望の念に啓発されたテナルディエは、あるいは第三の方法を即座に発明したのかも知れなかった。しかしそれはついに不可解に終わった。
 神変をきわむる脱走の跡を明らかに調べ上げることは、常にできるものではない。繰り返して言うが、遁走する男は一つの霊感を得た者である。遁走の神秘な輝きのうちには、星があり電光がある。解放の方へ向かってなさるる努力は、崇高なるものの方へ向かってなさるる羽ばたきに劣らず驚嘆すべきものである。そして人は脱走囚徒について、「あの屋根をいかにして彼は越したか?」という。それはあたかもコルネイユについて、「彼が死したらんことを[#「彼が死したらんことを」に傍点]どこから彼は見いだしたか?」というに同じである([#ここから割り注]訳者注 コルネイユの戯曲オラース。生き残った一人の子が三人の敵の前から逃げ出した報知を聞いて憤った老オラースの悲壮な言葉、むしろ彼が死したらんことを[#ここで割り注終わり])。
 それはとにかく、汗を流し、雨にぬれ、着物は裂け、手の皮はすりむけ、肱《ひじ》は血にまみれ、膝《ひざ》は傷つきながら、子供の比喩《ひゆ》の言葉
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