の上に落ちていた。檻の天井には穴があいており、更に上には屋根にも穴があいていた。寝台の板が一枚はがれていたが、どこにもない所を見ると、持って行ったものであろう。また檻の中に一本の瓶が見いだされた。半ば空《から》になっていて、兵士が眠らされた麻酔剤混入の葡萄酒《ぶどうしゅ》がまだ残っていた。兵士の剣はなくなっていた。
 それだけのことが発見された時、テナルディエはもはや手のおよばない所へ逃げてるものと断定された。しかし実際は、彼はもう新館の中にはいなかったが、まだごく危険な所にいた。彼の脱走は成就していなかった。
 テナルディエは新館の屋根に上って、煙筒の口の金網に下がってるブリュジョンの綱の残りを見いだしたが、その切れはじがあまり短かかったので、ブリュジョンとグールメルとがなしたように、まわりの路地を越えて逃げることはできなかった。
 バレー街からロア・ド・シシル街へ曲がり込むと、ほとんどすぐ右手に、奥に入り込んだきたない場所がある。十八世紀まではそこに一軒の家があって、今は奥の壁だけしか残っていない。その壁はまったくその破家に属するもので、両方の建物にはさまれて四階の高さまでそびえている。破家の跡はそこにまだ見えている二つの四角な大窓でわかる。右手の切り妻壁に近い中央の窓は、支柱のようなふうにはめ込んだ腐食した角材でふさいである。しかし昔はその窓越しに、いかめしい高い壁がはっきり見えていた。フォルス監獄のまわりの路地の壁の一部だった。
 こわれた家のため街路に残った空地は、五本の標石でささえられてる朽《くさ》った板塀《いたべい》で半ば占められている。板塀の中には、まだ倒れないでいる廃屋によせかけて作った小さな板小屋が隠れている。板塀には一つの戸があって、数年前まではただ※[#「金+饌のつくり」、第4水準2−91−37]《かけがね》で閉ざされてるだけだった。
 テナルディエが午前三時少しすぎにようやく逃げのびてきたのは、その廃屋の頂上へであった。
 どうして彼がそこまできたかは、ついに説明することも考えおよぶこともできなかった。ただ電光は彼を妨げるとともにまた助けたに相違ない。そして屋根から屋根へと伝わり、囲壁から囲壁へと飛び移り、区画から区画へと通りぬけて、シャールマーニュの庭の建物、次にサン・ルイの庭の建物、次にまわりの路地、それからロア・ド・シシル街の破家の上
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