クティルド修道女から音楽を教わっていた。彼女の声は魂を持った頬白《ほおじろ》のそれのようだった、そして夕方時々、負傷した老人の貧しい住居で、悲しい歌を歌った。それをまたジャン・ヴァルジャンは非常に喜んだ。
もう春になっていた。表庭は春にはことにみごとであった。ジャン・ヴァルジャンはコゼットに言った、「お前は庭の方へはちっとも行かないようだが、少し出てみたらどうかね。」「お父様、あなたがそうおっしゃるなら、」とコゼットは答えた。
そして父の意に従うために、彼女はまた表庭に出始めた。しかし多くはひとりでだった。なぜなら、前に言っておいたとおりジャン・ヴァルジャンは、たぶん鉄門から人に見られるのを気づかってであろうが、ほとんど表庭にはこなかったからである。
ジャン・ヴァルジャンの傷はかえって事情を一変さした。
父の苦痛が薄らぎ傷が癒《い》えてゆくのを見、また父が楽しそうにしてるのを見てコゼットは、自らはっきりとは気づかなかったほど静かに自然にやって来る一種の満足を感じた。それからまた時もちょうど三月の頃で、日は長くなり、冬は去っていった。冬は常にわれわれの悲しみのある物を持ち去って行く。それからやがて四月となった。それは夏の微光であり、あらゆる曙光《しょこう》のごとく新鮮で、あらゆる小児のごとく快活である。また赤児であるために時には少し涙にぬれることもある。四月における自然には魅力ある輝きがあって、それが空から雲から樹木から草原からまた花から、人の心に伝わってくる。
コゼットはまだ年若くて、彼女自身に似たこの四月の喜びに浸された。自分で気づかぬうちにしだいに暗黒は彼女の精神から去っていった。春になると、ま昼に窖《あなぐら》が明るくなるように、悲しめる人の魂も明るくなる。コゼットはもうひどく悲しんではいなかった。その上自らそれをよく意識してもいなかった。朝十時ごろ朝食の後に、父を説きつけてしばらくの間表庭に出て、そのけがした腕をささえてやりながら、日光を浴びつつ踏段の前を連れ回る時、彼女は絶えずほほえんで心楽しくしてることを、自ら少しも気づいていなかった。
ジャン・ヴァルジャンは恍惚《こうこつ》として、彼女が再び色麗わしくあざやかになってくるのを見守った。
「実に有り難い傷だ!」と彼は低く繰り返した。
そして彼はかえってテナルディエ一家の者らに感謝した。
傷
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