生命のうちにみなぎらしてくれる光明、自分の魂の呼吸たる光明のこと、それらを彼は考えていた。彼はその夢想のうちにほとんど幸福であった。コゼットは彼のそばに立って、薔薇色《ばらいろ》に染められてゆく雲をながめていた。
 突然コゼットは声をたてた、「お父様、だれか向こうに来るようです。」ジャン・ヴァルジャンは目をあげた。
 コゼットの言うとおりだった。
 昔のメーヌ市門へ通ずる大道は、人の知る通り、セーヴル街を延長して、郭内の大通りと直角に交わっている。その大道と大通りとの角《かど》、交差点《こうさてん》をなしてる所に、早朝にはいぶかしい響きがして、入り乱れた混雑の様が現われてきた。何ともわからない変なかっこうのものが、大通りから大道の方へ進んできた。
 それはしだいに大きくなって、秩序を立てて進んでるようだったが、それでも角立って動揺していた。馬車のようでもあったが、積み荷は何やらわからなかった。馬と車輪と叫び声とが聞こえて、鞭《むち》の音も響いていた。そのうちに、闇《やみ》の中にまだのまれてはいたが輪郭がしだいにはっきりしてきた。果たして一つの馬車であって、大通りから大道へ曲がって、ジャン・ヴァルジャンの近くの市門の方へ進んできた。第一のものの次には同じような第二のものがやってきて、それから第三第四と続いていて、七つの馬車が、馬の頭は前の車に接するくらいになって相次いで現われた。それらの車の上には人の形が動いていた。黎明《れいめい》の明るみのうちに透かし見ると、抜き身のサーベルらしいひらめきも見え、鉄の鎖を動かしてるような響きも聞こえた。それがしだいに進んでき、人声が高くなった。ちょうど夢の洞穴《どうけつ》からでも出てきたような恐ろしいものだった。
 近づくにつれてそれははっきりした形となり、幽霊のような青い色をして並み木の向こうに浮き出してきた。全体がほの白く見えてきた。しだいに明け渡ってきた日の光は、その死物のようで同時にいきいきした一群の上に青白い光を投げて、人の頭らしい形のものは死骸《しがい》の頭のように見えてきた。それは次のようなものであった。
 七つの馬車が一列をなして大道の上を進んでいた。初めの六つは異様な構造だった。ちょうど樽屋《たるや》の運搬車のようなもので、二つの車輪の上に長い梯子《はしご》を渡してその前端を轅《ながえ》にしたものだった。各馬車には
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