をしていた。一つは光輝の方へと一つは貧苦の方へ。やはり跣足《はだし》であった。そして彼の室《へや》へ臆面《おくめん》もなくはいってきた日のとおりにぼろをまとっていたが、ただそれは二カ月だけ古くなって、破れ目はいっそう大きくなり裂け目はいっそうきたなくなっていた。それから、つぶれた同じ声、風にさらされて皺《しわ》が寄り曇ってる同じ額、放恣《ほうし》な錯乱した定まりない同じ目つき。その上以前よりは、一種のおびえたようなまた悲しげな色が顔に増していた。それは入牢が困窮に添えたものである。
その髪には藁《わら》や秣《まぐさ》の切れがついていた。オフェリアのようにハムレットの狂気に感染して狂人になったためではなく、どこかの馬小屋に寝たためだった。
しかもすべてそれらをもってしても、彼女はきれいだった。おお青春とは、何と光り輝く星であることか!
さて彼女は、その色あせた顔の上に多少の喜びとほほえみに似たものとを浮かべて、マリユスの前に立ち止まった。
彼女は口をきくことができないらしく、しばらく黙っていた。
「とうとうめぐり会ったわ。」と彼女はついに言った。「マブーフのお爺《じい》さんが言ったことは本当だった、この大通りだったのね。まあどんなにあなたをさがしたでしょう。あなた知っていて、あたしは牢《ろう》にはいってたのよ。十五日間。でも許されたわ。何も悪いことはなかったんだから、それにまた分別のつく年齢《とし》でもなかったからよ。二月《ふたつき》だけ不足だったのよ。まあどんなにあなたをさがしたでしょう。もう六週間にもなるわ。あなたはもうあすこにはいないのね。」
「いない。」とマリユスは言った。
「ええわかっててよ。あのことがあったからでしょう。あんな荒っぽいことはいやね。それで引っ越したのね。あら、どうしてそんな古い帽子をかぶってるの。あなたのような若い人は、きれいな着物を着てるものよ。ねえマリユスさん、マブーフのお爺さんはあなたのことを男爵マリユス何とかって言ってたわ。でもあなたは男爵じゃないわね。男爵なんてものはみんなお爺さんだわね。リュクサンブールのお城の前に行って、日当たりのよい所で、一スーのコティディエンヌ新聞なんかを読んでる人のことね。あたしは一度、そんな男爵の所へ手紙を持って行ったことがあるのよ。もう百の上にもなろうというお爺さんだったわ。だが、あなたは今ど
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