れば、またことに、トリフォンというまやかしのノルマンディーの悪僧が残している野蛮なラテン語の謎《なぞ》めいた詩の二句を信ずるなら、それはいっこうくだらない仕事らしい。そのトリフォンという牧師は、ルアンの近くのサン・ジョルジュ・ド・ボシェルヴィルの修道院に埋められたが、その墓からはただ蟇《かえる》が生じたのみだった。
 が、とにかく人々は非常な努力をする。そういう穴は通例きわめて深い。汗を流し、かき回し、夜通し骨を折る。夜のうちにしてしまわなければならないのである。シャツは汗にぬれ、蝋燭《ろうそく》は燃え尽き、鶴嘴《つるはし》を痛め、そしてついに穴の底まで掘り進み、その「宝」に手をつけてみると、さて何が見つかろう、悪魔の宝などというものが何であろう。一枚の銅貨、時には銀貨、それから石くれ、骸骨《がいこつ》、血まみれの死体、あるいは紙入れの中の紙片のように四つにたたまれた幽霊、あるいは何にもないこともある。不遠慮な物好きな者らにトリフォンの詩が語ってきかせるようなものにすぎない。

[#ここから4字下げ]
彼は掘り薄暗き穴に隠すなり、
銅貨銀貨石片死骸|妖怪《ようかい》、あるいは無を。
[#ここで字下げ終わり]

 今日ではなおそのほかに、あるいは弾丸と火薬箱や、あるいは手|垢《あか》のついた赤茶けた古いカルタなど、確かに悪魔どもの使ったらしい品物がそこに見いだされるだろう。トリフォンはこの終わりの二品をあげていない、彼は十二世紀の人なのである。そして悪魔も、ロージャー・ベーコンより前に火薬を発明し、シャール六世より前にカルタを発明するだけの知力を、持っていなかったものと見える。
 その上、もしそれらのカルタを弄《もてあそ》ぼうものなら、すっかりうち負けて取られてしまう覚悟がいる。そしてまた箱の中の火薬には、鉄砲をその所有者の顔に向かって発射させる特性がある。
 ところで、放免囚徒ジャン・ヴァルジャンが数日間の逃走の間にモンフェルメイュ付近をうろついたらしく検察官はにらんだのであるが、その時期の後間もなく、ブーラトリュエルというある年取った道路工夫が森の中で「おかしなふうをしている」のが、モンフェルメイュの村の人たちの目についた。ブーラトリュエルはかつて徒刑場にはいっていた者であるとその地方では信じられていた。彼は警察の監視の下に置かれていた、そしてどこにも仕事が見つからなかったので、政府の方でガンニーからランニーまでの横道の道路工夫として安い給料で使っていた。
 ブーラトリュエルはその地方の人々から蔑視《べっし》されていた。彼はばか丁寧で、あまり身を卑下していて、だれにでもすぐに帽子を取っておじぎをし、憲兵らの前では震えながら愛想笑いをし、たぶん盗賊団の仲間にはいっているのだろうと人から言われており、夕方などは森陰にひそんで人を待伏せしていると疑われていた。ただ人間らしい取りえとしては、酒飲みであるということくらいであった。
 人々の目についたのは次のようなことであった。
 近頃いつもブーラトリュエルは、道路に砂利を敷いて手入れをする仕事をごく早めに切り上げ、鶴嘴《つるはし》を持って森の中にはいってゆくのだった。夕方など、最も人けの少ない伐木地や最も寂寞《せきばく》たる茂みの中などで、時々穴を掘ったりして何かさがし回ってるような彼に、出会うことがよくあった。そこを通りかかった女たちは、初めそれをベルゼブル([#ここから割り注]訳者注 新約聖書にある悪鬼の頭[#ここで割り注終わり])だとさえ思ったが、よく見るとブーラトリュエルであった。それでも彼女らは心が安まらなかった。しかるにブーラトリュエルはそういうふうに人に出会うことを非常にいやがってるらしかった。明らかに彼は人に見られるのを避けようとしていた、そして彼の仕業のうちに何か秘密があるのは明らかだった。
 村ではいろいろなことが言われた。「きっと悪魔が現われたに違いない。ブーラトリュエルはそれを見てさがしているのだ。なるほどあの男なら魔王の金をまき上げるくらいのことはやりかねない。」ヴォルテール流の者らはつけ加えた。「ブーラトリュエルが悪魔を捕えるか、悪魔がブーラトリュエルを捕えるかだ。」年老いた女たちは幾度も十字を切った。
 そのうちにブーラトリュエルは森の中の仕事をやめてしまった。彼は道路工夫の仕事をまた几帳面《きちょうめん》にやり出した。人々の噂《うわさ》も他のことに向いていった。
 けれども中にはまだ好奇心をいだいていて、おそらくそれには、伝説の荒唐無稽《こうとうむけい》な宝物ではなく、悪魔の手形よりはもっとまじめな、もっと実際的な獲物があって、道路工夫はきっとその秘密を半ば嗅《か》ぎ出したのだろう、と思ってる者もあった。そして最も「気をやんでいた」者は、小学校の先生と
前へ 次へ
全143ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング