前の二人の子供に劣らなかった。上等のリンネルの帽子をかぶり、着物にはリボンをつけ、帽子にはヴァランシエーヌ製のレースをつけていた。裳《も》の襞《ひだ》が高くまくられているので、ふとった丈夫そうな白い腿《もも》が見えていた。美しい薔薇《ばら》色の顔をして健康そうだった。頬は林檎《りんご》のようでくいつきたいほどだった。その目については、ごく大きくてりっぱな睫毛《まつげ》を持ってるらしいというほかはわからなかった。子供は眠っていたのである。
子供はその年齢特有な絶対の信頼をこめた眠りにはいっていた。母親の腕は柔和である、子供はそのなかに深く眠るものである。
母親の方は見たところ貧しそうで悲しげだった。またもとの百姓女に返ろうとでもしているような女工らしい服装をしていた。まだ年は若かった。あるいはきれいな女であったかも知れないが、その服装ではそうは見えなかった。ほつれて下がっている一ふさの金髪から見ると、髪はいかにも濃さそうに思えるけれど、あごに結びつけたきたない固い小さな尼さんのような帽子のために、すっかり隠されていた。美しい歯があれば笑うたびに見えるのだが、その女は少しも笑わなかった。目は既に久しい以前から涙のかわく間もなかったように見えていた。顔は青ざめていた。疲れきって病気ででもあるようなふうをしていた。腕の中に眠っている女の児を、子供を育てたことのある母親に独特な一種の顔付きでのぞき込んでいた。廃兵の持ってるような大きな青いハンカチをえりにたたみつけて、肩が重苦しそうに蔽《おお》われていた。手は日に焼けて茶褐色の斑点《はんてん》が浮き出していて、食指は固くなって針を持った傷がついていた。褐色の荒い手織りのマントを着、麻の長衣をつけ、粗末な靴をはいていた。それがファンティーヌであった。
まさしくファンティーヌであった。がちょっと中々そうとは思えなかった。けれどよく注意してみれば、彼女はなおその美貌を持っていた。少し皮肉らしさのある愁《うる》わしげなしわが、右の頬に寄っていた。彼女の化粧、快楽とばか騒ぎと音楽とでできてるかのようで、鈴を数多くつけライラックの香気をくゆらしたあのモスリンとリボンとの軽快な化粧は、金剛石かと思われるばかりに日の光に輝く美しい霜のように、はかなく消え失せてしまったのだった。美しい霜は解けて、黒い木の枝のみが残る。
あの「おもしろい狂言」から十カ月過ぎ去ったのである。
その十カ月の間にどんなことが起こったか? それは想像するに難くない。
捨てられた後には苦境。ファンティーヌはすぐにファヴォリットやゼフィーヌやダーリアをも見失ってしまった。男たちの方からの綱が切れれば、女たちの方からの結び目も解ける。もし半月もすぎてから、お前たちは互いに友だちであったと言われたら彼女らはびっくりすることだろう。もはや友だちであるなどという理由はなくなったのである。ファンティーヌはただ一人になってしまった。彼女の子供の父はもう立ち去ってしまった――悲しくもそういう分離は再び元にかえすことのできないものである――彼女は全然孤独になってしまった。それに労働の習慣は薄らぎ、快楽の趣味は増していた。トロミエスとの関係に引きずられて、自分のできるつまらぬ職業を軽蔑するようになったので、彼女は世の中への出口を閑却していた。そしてその出口はまったく閉ざされてしまった。金を得る途がなかった。彼女はどうかこうか字が読めはしたが、書くことはできなかった。子供の時に名を書くことを教わっただけであった。彼女は代書人にたのんでトロミエスに手紙を書いてもらった、それからまた第二、第三と手紙を書いてもらった。がトロミエスはそのどれにも返事をくれなかった。ある日ファンティーヌは、おしゃべりの女どもが彼女の女の児を見て言ってるのを聞いた。「あんな子供をだれが本気にするものか。あんな子供にはだれだって肩をそびやかすばかりさ!」そこでファンティーヌは、自分の子供に肩をそびやかしてその罪ない児を本気に取ろうとしないトロミエスのことを思った。そして彼女の心はその男のことで暗くなった。それにしても、どう心をきめたらいいか? 彼女はもはやだれに訴えん術《すべ》もなかった。彼女は過《あやま》ちを犯したのであった。しかし読者が知るとおり、彼女の心底は純潔で貞淑だった。彼女は漠然《ばくぜん》と、破滅のうちに陥りかけてること、いっそう悪い境涯にすべり込みかけてることを感じた。勇気が必要だった。彼女は勇気を持っていた、そして意地張った。生まれ故郷のモントルイュ・スュール・メールの町に帰ってみようという考えがふと浮かんだ。そこへ行ったら、たぶんだれかが自分を見知っていて、仕事を与えてくれるかも知れない。そうだ。けれども自分の過ちを隠さなければならない。そして彼女は、第一のより更につらい別れをなさなければならないであろうと、ぼんやり感じた。胸がつまった、けれども決心を固めた。これからわかることであるが、ファンティーヌは生活の手荒い元気を持っていた。
彼女は既に勇ましくも華美をしりぞけ、自分は麻の着物を着、あらゆる絹物や飾りやリボンやレースを女の児に着せてやった。それは彼女に残っていた唯一の見栄《みえ》であって、それも聖《きよ》い見栄だった。彼女は自分のものをすべて売り払って、それで二百フランを得た。けれど細々《こまごま》した負債を払ってしまうと、八十フランばかりしか残らなかった。二十二歳で、春のある美しく晴れた朝、彼女は背中に子供を負ってパリーを出立つした。そうして子供と二人で歩いてゆくのを見た者があったら、きっと二人をあわれに思ったであろう。その女は世の中にその子供のほか何も持たなかった、そしてその子供は、世の中にその女のほか何も持たなかった。ファンティーヌはその女の児に自分で乳を与えてきた。それは彼女の胸部を疲らしていた。彼女は少し咳《せき》をしていた。
フェリックス・トロミエス君のことを語る機会はもう再びないだろう。で、ただちょっと、ここに言っておこう。二十年後ルイ・フィリップ王の世に、彼は地方の有力で富裕な堂々たる代言人となっており、また賢い選挙人、いたって厳格な陪審員となっていた。けれど相変わらず道楽者であった。
ファンティーヌは身体を疲らせないために、一里四スーのわりで、当時パリー近郊の小馬車[#「パリー近郊の小馬車」に傍点]といわれていた馬車に時々乗ったので、その日の正午《ひる》ごろには、モンフェルメイュのブーランジェーの小路にきていた。
テナルディエ飲食店の前を通りかかった時、あの二人の女の児が気味悪いぶらんこにのって喜んでいるのを見て、彼女は心を打たれて、その喜びの様に見とれて立ち止まったのだった。
人の心をひきつけるものはいくらもある。二人の女の児は、母なるファンティーヌにとってはその心をひくものの一つであった。
彼女は心を動かされて二人の女の児を見守った。天使のいるのは楽園の近きを示す。彼女はその飲食店の上に、神に書かれたる不思議なるこの所[#「この所」に傍点]という文字を見るような気がした。二人の女の児は、いかにも幸福そうだった。彼女はその二人を見守り、その二人に見とれ、しみじみとした気持ちになったので、その母親が歌の二句の間に息をついた時、彼女の口からは前に言った次の言葉が自然に出てきた。
「まあかわいいお児さんたちでございますね。」
いかに猛々《たけだけ》しい動物でも自分の児をかわいがられると穏やかになるものである。母親は頭をあげて礼を言った。そして自分は敷居《しきい》の上に腰掛けていたので、その通りがかりの女を戸口の腰掛けにすわらした。二人の女は話した。
「私はテナルディエの家内なんです。」と二人の子供の母親は言った。「私どもは、この飲食店をやっているんです。」
それからまた、例の恋歌に返って、彼女は口の中で歌った。
[#ここから4字下げ]
余儀なし、われは騎士なれば、
パレスティナへ出《い》で立たん。
[#ここで字下げ終わり]
そのテナルディエの家内というのは、ふとった角ばった赤毛の女だった。そのぶかっこうな様は、ちょうど女兵隊という型だった。そして変なことには、小説を耽読《たんどく》したためか妙に容態ぶっていた。愛嬌を作った男とでもいうような女だった。古い小説が飲食店の主婦式の想像の上に絡《から》みついたので、そんなふうになったのだった。まだ若くて、ようやく三十になるかならない程度だった。もし彼女がうずくまっていないで直立していたら、その丈《たけ》高い身体と市場でもうろついてそうな大きな肩幅は、おそらく初めから旅の女を驚かし、その信用を失わせ、われわれがこれから語るようなことは起こらなかったであろう。一人の女が立っていないですわっていた、ただそれくらいのことに運命の糸は絡むものである。
旅の女は少し手加減をして身の上を語った。
女工であったこと、夫が死んだこと、パリーで仕事がなくなったこと、他の土地へ仕事をさがしに出かけること、自分の故郷へ行くこと、その日の朝徒歩でパリーを発《た》ったこと、子供を背負っていたので疲れを覚えると、幸いにヴィルノンブル行きの馬車に出会ってそれに乗ったこと、ヴィルノンブルから歩いてモンフェルメイュまでやってきたこと、子供は少しは歩けるがまだ年もゆかないので多くは歩けぬこと、それで抱き上げなければならなかったこと、それゆえ子供は眠ってしまったこと。
そう言って彼女は子供に熱いキッスをしたので、子供は目をさました。子供は目を開いた。母親のような青い大きな目であった。そしてながめた、何を? 何物をも、またすべてを、小さな子供に特有なまじめなまた時としてきつい眼眸《まなざし》で。それはわれわれ大人の頽廃《たいはい》しかけた徳義に対して子供の光り輝く清浄無垢が有する神秘である。あたかも彼らは自ら天使であることを感じ、われわれ大人が人間であることを知ってるかのようである。それからその女の子は笑い出した。そしていくら母親が引きとめても、走り出さんとする子供のおさえることのできない力で、地面にすべりおりてしまった。と突然、その子はぶらんこにのってる他の二人の子供を見て、急に立ち止まって、感じ入ったように口を開いて舌を出した。
テナルディエの上さんは二人の子を解き放し、ぶらんこからおろしてやり、そして言った。
「三人でお遊びよ。」
そのくらいの年ごろにはすぐになれ親しむものである。間もなくテナルディエの二人の子は新しくきた子供といっしょに地面に穴を掘って遊んだ。限りない楽しみのようだった。
新来の子供は非常に快活だった。母親の温良さはその児の快活さのうちにあらわれる。子供は木の一片を拾ってそれをシャベルにして、蠅《はえ》のはいるくらいの小さな穴を元気そうに掘った。墓掘りのするようなことも、子供がすればかわゆくなる。
二人の婦人は話し続けていた。
「あなたのお子さんの名は?」
「コゼットといいます。」
コゼットというもウューフラジーが本当である。女の児の名はウューフラジーだった。しかし母親はウューフラジーをコゼットにしてしまった。それはジョゼファをペピタにかえ、フランソアーズをシエットにかえる、母親や民衆の柔和な優しい本能からである。それは一種の転化語であって、実に語原学を乱し困らすところのものである。われわれはテオドールをグノンというのに首尾よく変えてしまった一人の祖母のあるのを知っている。
「お幾歳《いくつ》ですか。」
「じきに三つになります。」
「うちの上の子と同じですね。」
そのうちに三人の女の児はいっしょに集まって、ひどく気をひかれてうっとりしてるような様子だった。一事件が起こったのである。大きなみみずが一匹地の下から出てきたので、それに見とれてるのだった。
彼らの輝いた額は相接していた、あたかも一つの後光のうちにある三つの頭のようだった。
「子供はほんとにすぐに仲よくなるものですね。」とテナルディエの上《かみ》さんは叫んだ。「あんなにしているとまるで三人の
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