に裁判長の顔には同情と悲哀との色が上った。彼は検事とすみやかな合い図をかわし、陪席判事らと低声な数語を交じえた。彼は公衆の方に向かって、すべての人にその意中がわかる調子で尋ねた。
「このうちに医者はおりませんか。」
 検事は口を開いた。
「陪審員諸君、今法廷を乱したこの不思議な意外なできごとは、ここに説明をまつまでもない感情を、諸君並びに吾人《ごじん》に与える。諸君は皆少なくとも世間の名声によって、名誉あるモントルイュ・スュール・メールの市長マドレーヌ氏を御存じであることと思う。もしこの中に医者がおらるるならば、マドレーヌ氏を助けてその自宅に送り届けられんことを、吾人《ごじん》は裁判長殿とともに願うものであります。」
 マドレーヌ氏は検事をして終わりまで言わせなかった。彼は温厚と権威とにみちた調子で検事の言葉をさえぎった。彼が発した言葉は次のとおりであった。そしてこれは、その光景を目撃した者の一人が裁判後直ちに書きつけておいた原文どおりのものであって、それを聞いた人の耳には約四十年後の今日までまだはっきりと残っているそのままのものである。
「私は、検事殿、あなたに感謝します、しかし私は
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