れはそこにあり、動いてい、存在していた。それはもはや、記憶中のものでなく、瞑想《めいそう》の投影ではなかった。現実の憲兵、現実の判事、現実の群集、肉と骨との現実の人間だった。いまや万事終わったのである。過去の異常なる光景が、現実の恐ろしさをもって周囲に再び現われよみがえって来るのを彼は見た。
 すべてそれらのものは彼の前に口を開いていた。
 彼は恐怖し、目を閉じ、そして魂の奥底で叫んだ、「いや決して!」
 しかも、彼のいっさいの考えを戦慄《せんりつ》せしめ、彼をほとんど狂わする悲痛な運命の悪戯《いたずら》によって、その法廷にいるのは他の彼自身であった。裁判を受けている男を、人々は皆ジャン・ヴァルジャンと呼んでいた。
 生涯のうち最も恐ろしかったあの瞬間が、再びそこに自分の影によって演出されているのを、彼は目前に見た。何たる異様な光景ぞ。
 すべてがそこにあった、同じ機関、同じ夜の時刻、判事や兵士や傍聴者のほとんど同じ顔が。ただ、裁判長の頭の上に一つの十字架像がかかっていた。それだけが彼の処刑の時の法廷になかったものである。彼が判決を受けた時には、神はいなかったのである。
 彼の後ろに一
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