髪、荒々しい不安な瞳《ひとみ》、広い上衣、それは、十九年間徒刑場の舗石《しきいし》の上で拾い集めたあの恐ろしい思想の嫌悪《けんお》すべき一団を魂のうちに隠しながら憤怨《ふんえん》の情に満ちて、ディーニュの町にはいって行ったあの日の自分と、同じではないか。
 彼は慄然《りつぜん》として自ら言った。「ああ、自分も再びあんなになるのか。」
 その男は少なくとも六十歳くらいに見えた。何ともいえぬ粗暴な愚鈍なこじれた様子をしていた。
 扉《とびら》の音で、そこにいた人たちは横に並んで彼に道を開いた。裁判長は頭をめぐらし、はいってきたのはモントルイュ・スュール・メールの市長であることを知って、会釈をした。検事は公務のため一度ならずモントルイュ・スュール・メールに行ったことがありマドレーヌ氏を知っていたので、彼の姿を見て同じく会釈をした。彼の方ではそれにほとんど気づかなかった。彼は一種の幻覚の囚《とりこ》になっていた。彼はあたりをながめた。
 数人の判事、一人の書記、多くの憲兵、残忍なほど好奇な人々の群れ、彼は昔二十七年前にそれらを一度見たことがあった。そして今再びそれらの凶悪なるものに出会った。そ
前へ 次へ
全639ページ中565ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング