の枝を切り、それを横木にした。
それでなお二十分費やした。しかし彼らはまた大駆けに走っていった。
平野はまっくらだった。低い狭い黒い靄《もや》が丘の上をはって、煙のように丘から飛び散っていた。雲のうちにはほの白い明るみがあった。海から来る強い風は、家具を動かすような音を遠く地平線のすみずみに響かしていた。目に触れるものすべては、恐怖の姿をしていた。暗夜の広大な風の息吹《いぶ》きの下にあって、何物か身を震わさないものがあろうか!
寒さは彼の身にしみた。彼は前日来ほとんど何も食べていなかった。彼は漠然《ばくぜん》と、ディーニュ付近の広野のうちを暗夜に彷徨《ほうこう》した時のことを思いだした。それは八年前のことだったが、昨日のことのように思われた。
遠い鐘楼で時を報じた。彼は馬丁に尋ねた。
「あれは何時だろう。」
「七時です、旦那《だんな》。八時にはアラスに着けます。もう三里しかありません。」
その時に彼は初めて次のようなことを考えてみた。どうしてもっと早く考えおよぼさなかったかが自ら不思議に思えた。「こんなに骨折ってもおそらくは徒労に帰するかも知れない。自分は裁判の時間さえ知って
前へ
次へ
全639ページ中534ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング