車が進むに従って、彼は自分のうちにある物が後退《あとしざ》りしているのを感じた。
明方、彼は平野に出ていた。モントルイュ・スュール・メールの町は後方はるかになっていた。彼は白みゆく地平線をながめた。冬の夜明けのあらゆる冷ややかな物の象《すがた》が目の前を通過するのを、目には見ないで心で見つめた。朝にも夕のごとくその幻影がある。彼はそれらを目では見なかったが、しかし彼の知らぬまにほとんど肉体を通して、樹木や丘陵のその黒い映像は、彼の激越な魂の状態に何か陰鬱《いんうつ》な悲痛なものを加えさした。
所々に往来の傍《かたわら》に立っている一軒家の前を通るごとに、彼は自ら言った。「あの中に安らかに眠っている人もある!」
馬の足並みや馬具の鈴や路上の車輪は、静かな単調な音を立てていた。それらのものは、心の喜ばしい時には快いものであり、心の悲しい時には陰鬱《いんうつ》なものである。
エダンに着いた時はもうすっかり夜が明けきっていた。彼は馬に息をつかせ麦を与えるために、ある宿屋の前に馬を止めた。
馬はスコーフレールの言ったとおり、ブーロンネー産の小さな奴で、その特質として、頭と腹とが大きく首
前へ
次へ
全639ページ中519ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング