動かして、長い年月の間危険を冒して大事にしまっておいたそれらのものを、目もくれず一かかえに手につかんで、火中に投じてしまった、ぼろの着物も、棒も、背嚢も、すべてを。
 彼はその戸棚みたようなものを再び閉ざし、中は空《から》であるのに以前に倍したむだな注意をして、大きな家具をその前に押しやって戸口を隠した。
 やがて室の中と正面の壁とは、まっかなゆらめく大きな火影《ほかげ》で照らされた。すべてのものが燃え出したのである。刺々《とげとげ》の棒は音を立てて室のまんなかまで火花を投げた。
 背嚢《はいのう》はその中にはいっているきたないぼろとともに燃えつくして、灰の中に何か光ってるものを残した。身をかがめて見ればそれが銀貨であることは容易にわかったであろう。いうまでもなく、サヴォアの少年から奪った四十スーの銀貨であった。
 彼は火の方を見ずに、やはり同じ歩調で歩き回っていた。
 突然彼の目は、火影《ほかげ》を受けてぼんやり暖炉の上で光ってる二つの銀の燭台に止まった。
「やあ、ジャン・ヴァルジャンの全身がまだあの中にある。」と彼は考えた。「あれをもこわさなければいけない。」
 彼は二つの燭台を取
前へ 次へ
全639ページ中501ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング