現実でないという理由にはならない。
 かくて彼は自分がどこにいるかを自ら尋ねた。彼はあの「既になされた決心」なるものについて自ら問いただした。頭のうちで自ら処置したところのものは奇怪なことであり、「なるがままに任せるがいい、善良なる神の御手に任しておくがいい」ということはただただ恐ろしいことであると、彼は自ら認めた。運命と人間との誤謬《ごびゅう》をそのまま遂げしむること、それを妨げないこと、沈黙によってそれを助けること、結局何らの力をもいたさぬこと、それはすべて自ら手を下してなすのと同じではないか。それは陋劣《ろうれつ》なる偽善の最後の段階ではないか。それは賤《いや》しい卑怯《ひきょう》な陰険な唾棄《だき》すべきまた嫌悪《けんお》すべき罪悪ではないか!
 八年このかた初めて、不幸なる彼は、悪念と悪事との苦《にが》い味を感じたのである。
 彼は胸を悪くしてそれをまた吐き出した。
 彼はなお続けて自ら問いかけた。「目的は達せられたのだ!」という言葉の意味を、自らきびしく尋ねてみた。自分の生活は果して一つの目的を持っていたということを彼は自ら公言した。しかしながら、それはいかなる目的であった
前へ 次へ
全639ページ中485ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング