とでもなるがいい、勝手にくたばってしまうがいい。「百フラン」とファンティーヌは考えた、「だが、日に百スーでももうけられる仕事がどこにあろう?」
「いいわ!」と彼女は言った、「身に残ってる一つのものを売ることにしよう。」
不幸な彼女は売笑婦となった。
十一 キリストわれらを救いたもう
このファンティーヌの物語はそもそも何を意味するか? それは社会が一人の女奴隷を買い入れたということである。
そしてだれから? 悲惨からである。
飢渇と寒気と孤独と放棄と困苦とからである。悲しき取り引き、一片のパンと一つの魂との交換、悲惨は売り物に出し、社会は買う。
イエス・キリストの聖なる法則はわが文明を支配する。しかしながらなおそれは文明の底まで徹してはいない。奴隷制度は欧州文明から消滅したと人は言う。しかしそれは誤りである。なおやはりそれは存在している。ただもはや婦人の上にのみしか残っていないというだけである。そしてその名を売淫《ばいいん》という。
それは婦人の上、換言すれば、優しきもの、弱きもの、美しきもの、母なるものの上に、かぶさっている。このことは男子の少なからざる恥辱で
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