ヌ氏が愛情を含んだ穏かな様子で、万人の祝福にとりまかれながら町を通る時、しばしば鉄鼠色のフロックを着、大きなステッキを手にし、縁を引き下げた帽子をかぶっている背の高い一人の男が、突然彼の後ろからふり向いて、見えなくなるまで後姿を見送ってることがあった。そんな時その男は、腕を組み、軽く頭を振り、下脣と上脣《うわくちびる》とをいっしょに鼻の下までつき出して、一種の意味ありげな、しかめ顔をするのだった。その顔付きを翻訳してみればたぶんこんなことになるらしかった。
「いったいあの男は何者だろう?……確かにどこかで見たようだが。……いずれにしても俺はあんな奴に瞞《だま》されはしないぞ。」
 その男はほとんど人を脅威するほどの重々しい様子をしていて、ちょっと見ただけでも人の心をひくような者の一人だった。
 彼はジャヴェルといって、警察に出てる男であった。
 彼はモントルイュ・スュール・メールで、困難ではあるがしかし有用な方面監察の役目をしていた。彼はマドレーヌのきた当時のことを知らなかったのである。国務大臣で当時のパリーの警視総監をしていたアングレー伯の秘書官シャブーイエ氏の引き立てで、現在の地位
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