りませんか。」
 彼は答えた。「それはただ、若い頃司教の家に使われていたことがあるからです。」
 なおも一つ人々の注意をひいたことには、地方を回って煙筒の掃除をして歩いてるサヴォア生まれの少年が町にやって来るたびごとに、市長はその少年を呼んで名前を尋ね、そして金を与えた。サヴォア生まれの少年らはそのことをよく語り合った、そしてわざわざやってきて金をもらってゆく者も多かった。

     五 地平にほのめく閃光

 しだいに、そして時がたつにつれて、反対はみななくなってしまった。立身した人々が常に受くることになってる中傷や誹謗《ひぼう》などは、初めマドレーヌ氏に対してもかなりなされたが、やがてそれらは単なる悪口になり、次ぎには単に陰口になり、ついにまったくなくなってしまった。全市|挙《こぞ》って丁重に彼を尊敬し、一八二一年ごろには、モントルイュ・スュール・メールにおいて市長どのという言葉は、一八一五年ディーニュにおいて司教閣下と言われた言葉とまったく同じ調子で口に上せらるるようになった。その付近では、十里も隔たった所からマドレーヌ氏に相談に来る者もあった。彼は争論を終わらせ、訴訟を止め、
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