にも小さな町に住んでる者にふさわしい注意である。
それでもなお、彼の室にはだれもはいった者がなく、それは隠士の洞窟で、穴倉であり、穴であり、墓穴であるといわれていた。
また人々の陰での噂によると、彼は「莫大な」金をラフィット銀行に預けていて、いつでも自由にできるようになっているということだった。マドレーヌ氏はいつでもその銀行に行って受取証を書きさえすれば、十分とかからぬうちに二、三百万フランは持ち出すことができるということだった。けれども実際においては、上に述べたとおりその「二、三百万フラン」も六十三、四万フランになっていたのである。
四 喪服のマドレーヌ氏
一八二一年の初めに、諸新聞は「ビヤンヴニュ閣下[#「ビヤンヴニュ閣下」に傍点]と綽名《あだな》せられた」ディーニュの司教ミリエル氏の死を報じた。八十二歳をもって聖者のごとく永眠したというのであった。
新聞に書かれなかった一事をここにつけ加えておくが、ディーニュの司教はその生前数年来盲目であった、そして妹がそばにいてくれるので彼はその盲目に満足していたのだった。
ついでに言う。盲目にしてしかも愛せられていると
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