やく三十になるかならない程度だった。もし彼女がうずくまっていないで直立していたら、その丈《たけ》高い身体と市場でもうろついてそうな大きな肩幅は、おそらく初めから旅の女を驚かし、その信用を失わせ、われわれがこれから語るようなことは起こらなかったであろう。一人の女が立っていないですわっていた、ただそれくらいのことに運命の糸は絡むものである。
旅の女は少し手加減をして身の上を語った。
女工であったこと、夫が死んだこと、パリーで仕事がなくなったこと、他の土地へ仕事をさがしに出かけること、自分の故郷へ行くこと、その日の朝徒歩でパリーを発《た》ったこと、子供を背負っていたので疲れを覚えると、幸いにヴィルノンブル行きの馬車に出会ってそれに乗ったこと、ヴィルノンブルから歩いてモンフェルメイュまでやってきたこと、子供は少しは歩けるがまだ年もゆかないので多くは歩けぬこと、それで抱き上げなければならなかったこと、それゆえ子供は眠ってしまったこと。
そう言って彼女は子供に熱いキッスをしたので、子供は目をさました。子供は目を開いた。母親のような青い大きな目であった。そしてながめた、何を? 何物をも、またす
前へ
次へ
全639ページ中328ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング