なったので、その母親が歌の二句の間に息をついた時、彼女の口からは前に言った次の言葉が自然に出てきた。
「まあかわいいお児さんたちでございますね。」
いかに猛々《たけだけ》しい動物でも自分の児をかわいがられると穏やかになるものである。母親は頭をあげて礼を言った。そして自分は敷居《しきい》の上に腰掛けていたので、その通りがかりの女を戸口の腰掛けにすわらした。二人の女は話した。
「私はテナルディエの家内なんです。」と二人の子供の母親は言った。「私どもは、この飲食店をやっているんです。」
それからまた、例の恋歌に返って、彼女は口の中で歌った。
[#ここから4字下げ]
余儀なし、われは騎士なれば、
パレスティナへ出《い》で立たん。
[#ここで字下げ終わり]
そのテナルディエの家内というのは、ふとった角ばった赤毛の女だった。そのぶかっこうな様は、ちょうど女兵隊という型だった。そして変なことには、小説を耽読《たんどく》したためか妙に容態ぶっていた。愛嬌を作った男とでもいうような女だった。古い小説が飲食店の主婦式の想像の上に絡《から》みついたので、そんなふうになったのだった。まだ若くて、よう
前へ
次へ
全639ページ中327ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング