りにうち破ったようであった。彼は絶えずその痛ましいすき間からこの世の外をながめていた、そしてそこに暗黒を見るのであった。司教は彼にある光明を見さしてやった。
 翌日、人々が罪人を引き立てにきた時、司教はなおそこにいた。彼は罪人のあとに従った。彼は紫の上着を着、首に司教の十字架章をつけ、繩《なわ》で縛られた罪人と相並んで群集の目前に現われた。
 彼は罪人とともに馬車に乗り、罪人とともに断頭台に上った。前日まであれほど憂悶《ゆうもん》のうちに沈んでいた罪人は、今は輝きに満ちていた。彼は自分の魂がやわらいでいるのを感じ、そして神に希望をつないでいた。司教は彼を抱擁した。そして刃がまさに下されんとするとき彼に言った。「人が殺すところの者を神は蘇《よみがえ》らしめたもう。同胞に追われたる者は父なる神を見い出す。祈れよ、信ぜよ、生命《いのち》のうちにはいれよ。父なる神は彼処《かしこ》にいます。」彼が断頭台から下りてきた時、彼の目の中にはあるものがあって、人々は思わず道を開いた。彼の蒼白《そうはく》さに心を打たれたのか、またはその清朗さに心を打たれたのか、人々はいずれとも自らわからなかった。司教は自
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