だ一人ファンティーヌだけは、夢みるようななれ難い反発のうちにぼんやり閉じこもっていた、そして恋を心にいだいていた。「あんたは、」とファヴォリットは彼女に言った、「あんたはいつも妙なふうをしてるわね。」
そこに快楽がある。それらの楽しい男女の遊山は、人生と自然とへの深い呼びかけであり、すべてのものから愛撫《あいぶ》と輝きとを誘い出すのである。かつて一人の魔女がいて、恋する者たちばかりのために野と森とを作った。それで恋人らの永遠の野遊びの学校が初まった。それは絶えず開かれており、木々の茂みと学生とがある間は続くであろう。それで思想家の間に春が名高くなった。貴族も大道の研屋《とぎや》も、華族も平民も、殿上人も町人も、皆その魔女の臣下である。人は笑い楽しみ、互いにさがし求め、賛美の光輝が空中に漂う。愛することはいかに万物の姿を変ずるか! 公証人書記も神となる。そして、かわいい叫び、草の中の追いっくら、急な抱擁、かえって音楽のように響く言葉のなまり、一言のうちにほとばしるその情愛、口から口へ移し合う桜ん坊、それらは皆燃え上がり、天国の栄光のうちに包まるる。美しい娘たちは楽しくその美を浪費する。
前へ
次へ
全639ページ中281ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング