り。」
「聖者たるは異例なり、正しき人たるは常則なり。道に迷い、務めを欠《か》き、罪を犯すことはありとも、しかも常に正しき人たれ。」
「能う限り罪の少なからんことこそ、人の法なれ。全く罪の無きは天使の夢想なり。地上に在《あ》りと在るものは皆罪を伴う。罪は一の引力なり。」
 世の人々が声高く叫びたやすく怒るのを見る時、彼はほほえみながら言うのであった。「おおおお、世人が皆犯しているこのことは大いなる罪のように見える。それ、脅かされた偽善が、抗弁することを急ぎ、おのれを隠すことを急いでいる。」
 社会の重荷の下にある婦人や貧者に対して彼は寛容であった。彼はいつも言った。
「婦人や子供や召し使いや、弱者や貧者や無学者など、彼らの誤ちは皆、夫や父や主人や強者や富者や学者などのせいである。」
 彼はなお言った。「無学の人々には能う限り多くのことを教えねばいけない。無料の教育を与えないのは社会の罪である。社会は自ら作り出した闇《やみ》の責を負うべきである。心のうちに影多ければ罪はそこに行なわるる。罪人は罪を犯した者ではなく、影を作った者である。」
 上に見らるるとおり、彼は事物を判断するのに彼独特
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