ール集[#「ヴォルテール集」に傍点]という題で、ヴォルテールのものの出版をした。その無邪気な出版屋は「それは売れますよ」と言っていた。一般の意見によれば、シャール・ロアゾン氏は本世紀を通じての天才だということであった。がうらやむ人々は彼を誹謗《ひぼう》しはじめていた。それも光栄の一つの兆である。そして彼について次のような句ができていた。

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いかにロアゾン飛ぶとても、足あることを人は知る。
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 枢機官フェーシュが辞職することを拒んだので、アマジーの大司教ド・パン氏はリオンの管轄区を統《す》べていた。ダップ渓谷の争議が、後に将軍となったデュフール大尉の覚書によって、スウィスとフランスとの間に始まっていた。世にまだ知られなかったサン・シモンは、その壮大な夢想を築きかけていた。アカデミー・デ・シヤンスには、有名であるがしかし後世忘れられてしまうようなあるフーリエがいた、そしてどこかの陋屋《ろうおく》のうちにも、まだ世に知られないが将来忘れらるることのないあるフーリエがいた。バイロン卿が世に現われはじめていた。ミルボアのある詩の注には次のような言
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