っていません。人の背によって肥料を運んでいます。彼らは蝋燭《ろうそく》をも持っていません。樹脂《やに》のある木片や松脂《まつやに》に浸した繩屑《なわくず》を燃しています。ドーフィネの山地においても、すべてそのとおりです。彼らは一度に六カ月分のパンを作り、乾かした牛糞《ぎゅうふん》でそれを焼きます。冬には斧《おの》でそのパンをうちわって、食べられるようにするため二十四時間水中に浸すのです。――兄弟たちよ、憐憫《れんびん》の情をお持ちなさい。皆さんの周囲においていかに人が苦しんでるかをごらんなさい。」
 プロヴァンスの生まれであったので彼はたやすく南方の方言に親しむことができた。たとえば、下ラングドック地方の言葉で、「まあ、ごきげんだった。」また下アルプ地方の言葉で、「どこば通っておいでなはったか。」あるいは上ドーフィネ地方の言葉で「よか羊と、脂肪《あぶら》のうんとあるよかチーズを持ってきちゃんなさい。」それはひじょうに人民を喜ばせ、あらゆる人たちと近づきになることを少なからず助けた。彼は茅屋《ぼうおく》の中においても山中においても親しく振舞った。きわめて卑俗な語法できわめて高遠なことを言
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