進めた。室の奥に、寝込んでる司教の静かな規則的な呼吸の音が聞こえていた。
 彼は突然足を止めた。司教の寝台のそばにきていた。自分でも思いがけないほど早くそこまでやって行ったのである。
 自然は時として、吾人《ごじん》に考慮させんと欲するかのように、それとなく巧みなる時機を図って、その効果と光景とを吾人の行動に絡《から》ませるものである。約三十分ばかり前から大きな雲のかたまりが空を蔽《おお》っていた。がジャン・ヴァルジャンが寝台の前に立ち止まった瞬間に、その雲は心あってかのように裂けて、月の光が長い窓から射して司教の青白い寝顔をふいに照らした。司教は穏かに眠っていた。下アルプの寒夜のために床の中でもほとんど着物を着ていて、褐色《かっしょく》の毛織りの上着は腕から手首までも包んでいた。頭は枕の上にもたせられて、まったく休息のうちに投げ出されたような様子だった。多くの慈善や聖《きよ》い行ないをなすその手は、牧師の指輪をはめて寝台の外にたれていた。その全体の顔付きは、満足と希望と至福との漠然たる表情に輝いていた。それは微笑《ほほえ》み以上のものでほとんど光輝であった。その額《ひたい》の上には、
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