椅子を持ってきておくれ[#「椅子を持ってきておくれ」に傍点]。大人様もあの棚までは届かないよ[#「大人様もあの棚までは届かないよ」に傍点]。」
 彼の遠い親戚《しんせき》の一人であるロー伯爵夫人は、折りさえあればたいてい彼の前で、彼女のいわゆる三人の息子の「希望」なるものを数え立てることを忘れなかった。彼女はごく年老いて死ぬに間もない多くの親戚を持っていたが、彼女の息子たちは自然その相続者であった。三人のうちの末の子は一人の大伯母《おおおば》から十万リーヴルのいい年金を継ぐことになっており、二番目の子はその伯父《おじ》の公爵の称号をつぐことになっており、長男はその祖父の爵位を継承することになっていた。司教はいつも、それらの罪のない許さるべき母の自慢話を黙ってきいていた。それでもある時、ロー夫人がまたそれらの相続や「希望」などの細かい話をくり返していた時、司教はいつになく考え込んでるように見えた。彼女はもどかしそうにその話を止めた。「まあ、あなた、いったい何を考え込んでいなさるのです?」司教は言った。「私は妙なことを何か考えていました。そう、たしか聖アウグスチヌスのうちにあった句と思いま
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