のは一つの矛盾である。牧師は貧しき人々に接触していなければならない。およそ自ら自己のうちに、労働の埃《ほこり》のごとき聖《きよ》き貧しさを多少有せずして、人はいかにして日夜絶えずあらゆる憂悶《ゆうもん》や不運や困窮に接することができるであろうか。炉《いろり》のほとりにいて暖かくないという者を、想像し得らるるであろうか。絶えず竈《かまど》で働いている労働者で、髪の毛を焦がさず、爪《つめ》を黒くせず、一滴の汗をも知らず、顔に一粒の灰をも受けない者を、想像できるであろうか。牧師において、特に司教において、慈悲の第一のしるしは、それは貧しいということである。
 ディーニュの司教が考えていたことは、疑いもなくその点であったろう。
 その上またある微妙な点において、司教はわれわれが「時代思潮」と称するところのものを分有していたと信じてはいけない。彼は当時の神学上の議論にあまり立ち交わらなかった。そして教会と国家とが混入している問題には口を噤《つぐ》んだ。もし意見を強《し》いられたならば、彼はフランス教会派というよりもむしろ法王派の態度を取ったであろう。われわれは司教の人物を描くのであって何物をも隠
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