卓を見つけました。それを金色に塗りかえるには六リーヴル金貨二枚くらいはかかるでしょう。けれどそれは貧しい人たちに施した方がよろしいのです。その上その小卓はごく体裁が悪くて、マホガニーの円卓の方が私は好ましいのです。
 私はいつも仕合わせでいます。兄はきわめて親切なのです。自分の持ってるものは残らず困窮な者や病人などに与えてしまいます。大変困まることもあります。この地方は冬がごく厳《きび》しくて、貧乏[#「貧乏」は底本では「貧之」]な人たちのために何かしてやらなければなりません。私どもはようやくに薪《まき》をたいたり燈火《あかり》をともしたりしています。でもそれは非常に楽しいことなのです。
 兄は自己一流のやりかたを持っています。話をする時には、司教たるものはかくしなければならないというようなことを申します。家の戸口は決して締りをいたしません。だれでもはいれます、そしてすぐに兄の所へ行けるのです。兄は何物も恐れません、夜ですら。自分でよく言いますように、それが兄の勇気なのです。
 兄は私やマグロアールが兄の身を心配するのを好みません。どんな危険でも冒しまして、そして私たちがその危険を案じているようなふうをするのさえ好みません。よく兄の性質を了解しなければいけないのです。
 兄は雨中に出かけたり、水の中を歩いたり、冬に旅をしたりいたします。兄は夜をもこわがりません、怪しい道や、悪者に出会うことなども。
 昨年のことでしたが、兄は一人で盗賊の出没している地方に出かけました。私どもを連れてゆくことを好まなかったのです。十五日間帰りませんでした。帰って来るまで兄には何事も起こらなかったのでした。兄は死んでいるものとだれも思っていましたのに、丈夫でいたのです。そして、こんな盗人に出会った、と申します。行李《こうり》を開きますと、中にはアンブロン大会堂のいっさいの宝物がはいっています。盗賊どもがそれを兄にくれたのです。
 私は兄の友だちの方々といっしょに二里ばかり出迎えに行ったのでしたが、その帰りに、その時ばかりは少し小言《こごと》を言わないではおれませんでした。それでも他の人に聞こえないように馬車が音を立てて走っている間に申したのです。
 初めのうち私は、いかなる危険も兄を止めることはできない、兄は恐ろしい人である、と思っていました。けれど今ではそれになれてしまいました。マグロアールにも合い図をして兄の意に逆《さから》わぬようにさせます。兄は自分で思ったことはどんな危険をも冒します。私はマグロアールを伴ない、自分の室に帰り、兄のために祈りをして、それから眠るのです。私は心安らかにしております。もし兄に何か不幸が起こるならばその時が私の終わりであることを、はっきり知っていますから。私は私の兄たり司教たる人とともに神様のもとへ行きますでしょう。マグロアールの方は、彼女が兄の不用心と呼んでいますこのことになれるのに、私よりもよほど困難でありました。けれどもただ今ではもうなれっこになっています。私どもは二人でいっしょに祈り、いっしょに気づかい、いっしょに眠りにつきます。家の中に悪魔がはいってきますなら、なすままにさしておきましょう。要するにこの家の中で私どもは何を恐れることがありましょう。最も強い人が常に私どもとともにいるのです。悪魔はこの家を通り過ぎることもありましょう。しかし神様はこの家に住まわれています。
 それで私には十分であります。兄はもう今では私に一言も申さなくてよろしいのです。ことばなくとも私は兄の心を了解します。そして私どもは神のおぼし召しに身を任せます。
 精神に偉大なものを持っている人とともにあるには、かくなければなりません。
 フォー一家についてお尋ねのことは兄に聞き訊《ただ》してみました。兄は常に善良な王党の人でありますので、御承知のとおりいろいろなことを知っており、いろいろな事を記憶しております。この一家は確かにカアン地方のきわめて古いノルマンディーの家がらであります。五百年前にはラウール・ド・フォー、ジャン・ド・フォー、トーマ・ド・フォーなどの貴族がありまして、その一人はロシュフォールの領主でした。一家の最後の人はギー・エティエンヌ・アレクサンドルと言って、連隊の指揮官でまたブルターニュ軽騎兵の何かの役を持っていました。その娘のマリー・ルイズは、ルイ・ド・グラモン公爵の息子《むすこ》アドリアン・シャール・ド・グラモンと言って、枢密官であり親衛軍の連隊長で陸軍中将であった人と、結婚しています。それからフォーというのには Faux, Fauq, Faoucq の三とおりの綴《つづ》り方があります。
 子爵夫人さま、私どものことをあなたの聖《きよ》き御親戚枢機官様へよろしくお願いいたします。あなたの御親愛なるシルヴァニー様に
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