ヌが眠ってるものと思って、そっと室にはいってきて、爪先《つまさき》立って寝台に近寄った。彼は帷《とばり》を少し開いた、そして豆ランプの光でさしのぞくと、ファンティーヌの静かな大きい目が彼をじっと見ていた。
彼女は彼に言った。「あなた、私のそばに小さな床をしいてあの子を寝かして下さいますわね。」
医者は彼女の意識が乱れているのだと思った。彼女はつけ加えた。
「ごらんなすって下さい、ちょうどそれだけの場所はありますわ。」
医者はサンプリス修道女をわきに呼んだ。修道女は事情を説明した。マドレーヌ氏は一日か二日不在である、病人は市長がモンフェルメイュに行かれたのだと信じているが、よくわからないので事実を明かさなければならないとも思えないし、また病人の察するところがあるいはかえって本当かも知れない。すると医者はそれに同意した。
医者はまたファンティーヌの寝台に近寄っていった。彼女は言った。
「そうすれば私は、朝あの子が目をさましたらこんにちはと言ってやれますし、また晩に眠れない時は、子供の寝息が聞けますでしょう。そのやさしい小さな寝息をきくと、きっと心持ちがよくなりますわ。」
「手を貸してごらんなさい。」と医者は言った。
彼女は腕を差し出した、そして笑いながら叫んだ。
「まあ、ほんとに、あなたにはおわかりになりませんの。私は治《なお》ったのですわ。コゼットが明日《あした》参りますのよ。」
医者は驚いた。彼女は前よりよくなっていた。息苦しさは和《やわら》いでいた。脈は力を回復していた。突然生命の力がよみがえって、その衰弱しきったあわれな女に元気を与えていた。
「先生、」と彼女は言った、「市長さんが赤ん坊をつれに行かれましたことを、サンプリスさんはあなたにおっしゃいませんでしたか。」
彼女になるべく口をきかせないように、また彼女の心を痛めるようなことをしないようにと、医者は人々に頼んだ。彼はまた規那皮《きなひ》だけの煎薬《せんやく》と、夜分に熱が出た場合のため鎮静水薬とを処方した。そして立ち去る時修道女に言った。「よくなってきました。幸いにも果たして市長が明日《あした》子供を連れてこられたら、そうですね、望外なことがあるかも知れません。非常な喜びが急に病気を治《なお》した例もあります。この患者の病気は明らかに一つの臓器病ですし、しかもだいぶ進んでいます。しかしまった
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